2017年4月10日月曜日

暗闇の中の足音

はじめに
良く晴れた、初夏のある昼下がり。
春の終わりと夏の訪れを告げるエウテルペ祭が終わってから二日が過ぎ、
ダナエ聖戦士の魔王は、
教会図書館の窓際の席にて、ほうっと息をついた。
紫の髪を肩まで伸ばし、
額には星の刺青。
この刺青こそが、
彼を聖戦士の魔王であることを決定づけている。
だが、聖戦士としての立場など、
このエウテルペ王国にいるときはどうでもよかった。
今は、教会図書館にて司書を手伝っている男である。
そして、今は休憩時間だ。もっとも、
今日は本の入れ替え作業や
貸し出し状況のチェックといった作業がないため
比較的に暇である。なので、
一般の閲覧者に混じって彼自身も蔵書の一部を読んでいた。
(そういえば、もうすぐ1年になるのか・・・)
彼がエウテルペに滞在することになるきっかけとなった出来事は、
ちょうど昨年の初夏に起こった。
エウテルペ祭の終了後、
彼が仕えている人物だけは故郷に帰らずにエウテルペに残った。
予定されていた視察をこなすためである。
だが、その視察とは別に他の目的も遂げた。
それが、盗賊になることである。
怪盗MRDが誕生してから、早や1年。
当時、ダナエでは盗賊を容認していなかった。
だが、怪盗MRDはその逆境を乗り越えたのだ。
よく、自分は反対しなかったものである。
怪盗MRDの意志が強かったことが反対させなかったのだろう。
「魔王さん」
突然呼ばれ、魔王はびくっとした。
「た、竹原博士」
彼に声をかけてきたのは、
エウテルペ城に住む天才科学者のヴィヴァルディ竹原だった。
黒い髪を肩まで伸ばし、濃い桃色の瞳を持ち、
細くて黒い縁の眼鏡をかけている。
「驚かせてしまったみたいだちん。許して欲しいちん」
「いえ、気にしていませんよ」
魔王は、竹原博士に言った。
「ところで、竹原博士がこちらに見えられるとは・・・」
「たまには、こっちにも足を運ぶちん。
そうそう、世界科学雑誌の最新号が出たちん。
こっち用のものを持ってきたちん」
「わざわざありがとうございます。早速、手続きをしなければ」
魔王は、竹原博士から世界科学雑誌の最新号を受け取ると
カウンターに向かった。
「フユさん、世界科学雑誌の最新号が入りましたよ」
「あら、ありがとう、魔王さん」
カウンターにいた、
黒い髪を腰まで伸ばし、縁無し眼鏡をかけ、
緑色の瞳をした女性が礼を言った。
彼女はフユ竹原。ヴィヴァルディ竹原の妻である。
フユは、魔王から雑誌を受け取ると
竹原博士のほうに目をやった。
「まったく、直接渡してくれればいいでしょう」
「そうすると、冷やかされるちん」
竹原博士は、カウンターに来て言った。
「冷やかす人なんていないわよ」
フユは少々呆れているようだ。
「ところで、世界科学雑誌の今号の注目は?」
魔王は、この空気を変えようと、思い切って訊いてみた。
「いちばんは、やっぱりメフィスト君の記事だちん。
メフィスト君の記事のおかげで、予約がいつもよりも多かったそうだちん」
竹原博士が答えた。
「やっぱりすごいわね、メフィストさんは。あなたは毎号記事を書いているっていうのに
、この差は何なのかしら」
フユが、少々皮肉混じりに言った。
「竹原博士の記事も素晴らしいと思いますよ」
魔王は慌ててフォローした。
現在、エウテルペ城下町郊外監視係として活躍しているメフィスト・カカオマスは、
3ヶ月に一度、世界科学雑誌に記事を寄稿している。
もともと、防衛型ミサイルの開発能力に長けている彼は、
それに関することはもちろん、
他にも、自分で興味を持ったことの記事を書いているのだ。
もっとも、メフィスト自身はミサイルが使われない世界がいちばんいい、と言っている。
そして、メフィストが作るミサイルは、
敵の戦意を喪失させることを目的に作られているのだ。
決して、多くの命を奪うために作っているのではない。
そのためか、
大規模なものよりも小規模なものの開発が中心になっている。
城下町の郊外に何らかの異常があったときに使えるものや、
ミサイルというよりも、
銃といったほうがいいくらいに小型のものも開発している。
「今号は、メフィストさんはどんな記事を書いているのかしら」
フユがそう言うと、竹原博士は答えた。
「雑誌を見るほうが早いちん」
「それもそうね」
フユは、世界科学雑誌を開いた。
そして、メフィストが書いた記事を見つけた。
「・・・カビについて、 メフィストさんにしては珍しいテーマね」
フユは正直に言った。
「確かにそうですね」
魔王はうなずいた。
そして、ふと思ったことがあった。
「もしかして、十五年前にあった、あの事件のことですか」
「どうやら、そのようね」
フユはうなずいた。
「メフィスト君も、あの事件には衝撃を受けていたようだったちん。十五年も経った今、
あのことを忘れて欲しくないっていう思いで、この記事を書いたと本人も言っているちん

竹原博士が言った。
「確か十五年前に新種のカビが発見されたんでしたよね。発見したのは、大空教授という
方だったとか」
魔王の言葉を、竹原博士は肯定した。
「そうだちん、魔王さん。その発見や研究が素晴らしいもので、学会からも絶賛され竹原
賞を授与されたちん」
「それにしてもすごいわね。あなたの苗字がついている賞ができるなんて。さすがは天才
科学者ね」
「しかも、十五年前にはすでにあったんですから、なおさらすごいですね」
「まあ…科学関係の学会で、僕の苗字をとった賞を作ろうってことで、僕自身にも許可を
求められたことがあるちん。正直驚いたちん」
「あなたの功績がずば抜けて高かったからでしょうね、きっと」
「それは言えてますね、フユさん。私も、竹原博士の研究はすごいと存じます。
で、何の話でしたっけ」
「確か、大空教授が新種のカビを発見して、
竹原賞を受賞したという話だったちん」
「そうそう、そうだったわね。で、その後すぐに・・・」
「亡くなったんですよね、大空教授が」
「その通りだちん。大空教授が発見したカビは、増殖能力が異常なくらいに高かったちん
。放っておけば、一週間でこの星が滅亡するというくらいに危険だったちん。大空教授は
、そのカビの増殖を食い止めるため、というよりも、そのカビを絶滅させるために、自ら
犠牲になったんだちん」
「人一人が死ななければならないくらい、恐ろしいカビだったんですね」
「大空教授がいなければ、今頃、私たちがこうして話すこともできなかったのね」
「そういうことだちん。大空教授は、自らの研究室で、命を落としたちん。繁殖するカビ
を食い止めるために、相当体力を使ったと言われているちん。また、あのカビは、他の生
物の生命力を吸い取る力があると言われていたちん。それでも、大空教授は、自ら命を落
としてでも、カビを死滅させる道を選んだんだちん」
それが、十五年前にあった出来事だ。
このエウテルペ王国や北に隣接するダナエ王国、
南にあるアマンダ王国で起こった事件ではない。
はるか東洋の国で起こった事件である。
しかし、あの事件は
こちらにも影響を及ぼす事件であることには違いなかった。
「カビが増殖していたら、怪盗MRDが活躍することもなかった、ということですね」
魔王は、思わずこう言っていた。
「そういえばそうね」
フユは納得した。竹原博士も同様である。
「大空教授には、確か一人娘がいたと聞いているちん」
竹原博士は、ふと思い出したことを言った。
「そうなのですか」
魔王が訊いた。
「確かそうだちん。お父さんが亡くなってから、どうなったかはわからないちん」
竹原博士は答えた。
「元気だといいわね」
フユが言った。
「同感です」
魔王はうなずいた。

1.怪生物

まだ太陽は高くない。
ベッドから出て着替えが終わると、
首の途中まで伸びた金髪をとかす。
鏡の中にいる自分と目を合わせる。
紅い瞳が、自分を捉える。
この瞳の色も、この目つきも完全に父親に似ている。
そのためか、よく父親に似ていると言われた。
それが苦痛な時期もあった。
父親と比べられることが多かったから。
だが、今は父親と比べられることはない。
なぜなら、父親がやっていないことをやっているから。
このエウテルペ王国で、「盗賊」として活躍すること。
それが、今の彼だった。
マクロス・ダナエ。

食堂に行くと、すでに多くの人が朝食を取っていた。
「おはよう、マクロス君」
「あ、おはよう、運命君」
彼の親友の、このエウテルペ王国の第一王子フォーン・サイレンス・エウテルペ
通称、運命がこちらにやってきた。
肩よりも低い位置まで伸ばした金髪に、茶色い瞳。
「運命君は、朝食は?」
「ああ、これからだよ」
お互いに、朝食がまだだったので同じ席で食べることにした。
マクロスが、このエウテルペ城で世話になっているのは、
彼自身が、この国の王族と仲がいいからである。
もっとも、
彼がこの国の北に隣接するダナエ王国の王族であるという理由のほうが
大きなものかもしれない。
エウテルペの王族たちは、特別扱いを嫌っており、
普段から食堂で他の人々と同じものを食べている。
マクロスは、ダナエ城で暮らしていた頃は
それは贅沢な食事をしていた。
だが、エウテルペに連れてきてもらったときは
エウテルペの王族に従った。
そして、
王族だけ贅沢な食事をすること、
贅沢な生活をすることは
間違っているのではないかと思っていた。
エウテルペ城で生活するようになってから、
他の人々と同じものを食べるようになったため、
後ろめたい感情はどこにもなくなっていた。
そして、今日もそんな生活が始まる。
「おはようございます、マクロスさん」
藍色のうねった感じの髪に、
緑色の瞳を持つ青年、
まだ少年といってもいいような顔立ちであるが、挨拶をしてきた。
腰にはパイプ銃が下げられている。
「おはよう、エボリ君」
マクロスも挨拶する。
エウテルペ王国第二王子エボリ・ウイング・エウテルペだ。
マクロスよりも二つ年下である。
ちなみに、運命とマクロスは同い年だ。
「エボリ、飯はまだか」
「これからだよ、運命兄さん」
「そうなのか。林君はもう食ったようだが」
「ああ、林は、護身用の霧ミサイルを作り足すってさ。最近、需要が増えてきたとか」
林とは、このエウテルペ城に住む兵士補助係だ。
武器の開発を担当している。
エボリと共に、ミサイルの開発を行う他に
単独で武器を開発することもある。
霧ミサイルは、
林が開発したミサイルの中でも、実用性が高いものだ。
殺傷能力はなく、
銃と同じくらいの発射台で、
それより一回り小さいミサイルを敵に向けて飛ばし、
命中すると一時的に霧が発生する。
これで、自分自身は安全なところに逃げられるというわけだ。
「需要が増えたか」
マクロスは、エボリの言葉が気になった。
「はい。城下町の人が、こちらに注文してくるんですよ」
エボリは答えた。
「何か厄介なことがあったとか」
「怪しい奴がうろついているらしいです」
マクロスの問いに、さらりと答えるエボリ。
「もしかして、怪盗に出くわすのが嫌だとか」
「それはないと思うよ、マクロス君。城下町の人たちが、盗賊協会に反発しているってこ
とはないし」
運命が言った。
マクロスは、この盗賊協会に所属している盗賊だ。
協会に所属していれば、正式に盗賊と認められる。
ただ、盗賊になったからといって好きに盗めるわけではない。
ちゃんと協会に依頼が出て、
それを引き受けた場合のみ盗みに入ることができるのだ。
協会の活動は、国も認めている。
「そうそう。マクロスさんに対して霧ミサイルを使うってことはないので安心してくださ
い」
「安心したよ」
エボリにも言われ、マクロスは本当に安堵したようだ。
「で、本当のところは」
マクロスが訊くと、運命が答えた。
「それは、新聞を見たほうが早いと思う。エボリ、今日の新聞にも載ってたよな」
「うん。ちょっと取ってくるよ」
「だから、私は本当に見たんですよ」

エウテルペ城下町のとあるアパートの一室にてー
薄い黄緑色の髪に細目の青年が、
エメラルドグリーンの髪に水色の瞳で
左目の下には傷痕をもつ青年に言っていた。
「本当に見たのか。冗談じゃないだろうな」
「若、私が冗談でこんなことを言うとでも思っているのですか」
若と称されるエメラルドグリーンの髪の青年は、
薄い黄緑色の髪の青年の話をあまり信用していないようだ。
「だいたい、本当にあるのか。人間が蜘蛛のように這って歩くなんて」
「私は見たんです。ウソなんかじゃありません」
「お前の見間違いじゃないのか」
「見間違いではありません」
「でも、見たのがお前の仕事帰りだろう。月明かりに騙されたんじゃないのか」
「騙されてなんか・・・」
と、そのときだった。
「一体どうしたっていうんですか、マスターも風(かぜ)も」
奥の部屋から、
薄い桃色の髪をポニーテールにした濃い桃色の瞳の青年が現れた。
額には白っぽい色の球体が三つ横に並べて埋め込まれている。
綺麗な顔立ちである。
「おう、セブン。起きたか」
「起きたかって・・・私は、だいぶ前に起きていますよ。甲冑の手入れをしていたんです

「それは感心なことですね」
「ありがとうございます、風。で、一体何をもめているのですか」
ポニーテールの青年のセブンは、今まで気になっていたことを訊いた。
そう、ポニーテールの青年はセブンである。
本名はSeven of Coldsで、人間ではない。
エメラルドグリーンの髪の青年はプリンス。
このエウテルペ王国がある大陸からはるか西に位置する大陸の
チュルホロ内にある大国ジスロフ帝国の王子である。
父親の暴君ぶりに嫌気がさして家出し、
このエウテルペ王国にやってきたのだ。
黄緑色の髪の青年は風。プリンスの付き人である。
ジスロフ帝国内で行われたエルフ狩りを逃れた
エルフの生き残りである。
つまり、風はエルフである。
エルフ狩りを逃れた彼は、ジスロフ帝国の王に拾われ
プリンスの付き人として仕立て上げられた。
プリンスが家出した後は、
彼自身がプリンスの後を追い、現在に至っている。
セブンは、ジスロフ帝国の王が生み出した怪生物である。
禁断の遺伝子工学により生み出された彼は、
限りなく人間に近いロボットである。
セブンという名前は、
彼の元となった怪生物コールドの第7号機だからである。
セブンは、プリンスの護衛ロボットであり、
プリンスの家出後は、
風と同じくプリンスの後を追ってここまで来た。
そして、現在に至っている。
プリンスが盗賊としてこのエウテルペで活躍しているため、
風とセブンも、盗賊として生活している。
三人とも、エウテルペの盗賊協会の会員である。
さて、プリンスと風が一体何をもめていたのか。
「実は、風が仕事帰りに、蜘蛛のように這って歩く人間を見たんだとよ。まったく、馬鹿
げているぜ」
「見間違いなんかではありませんよ」
風が見たという、とある人物についてもめているのだ。
昨夜、風は仕事帰りに奇妙な人間を目にした。
協会の建物に寄り、
仕事が完了したことを報告してこちらに帰る途中だった。
前方から、何かが近づいてきた。
見た目は人間のようだが、動き方が人間ではなかった。
地面に這い蹲り、
まるで蜘蛛が歩くような動きを見せたという。
その人間は、風には気づかずにどこかへ行ってしまった。
後を追おうとも考えた風だが、
仮にそれを実行して、無事である保証はどこにもない。
というわけで、そのままこちらに帰ったのだ。
すでに、プリンスとセブンは眠っていたので、
風も自室で眠りについたが、なかなか眠れなかった。
そして、今朝になり、
プリンスにこのことを伝えたのだが、
プリンスは全く信じてくれないのだ。
「ったく、作り話もほどほどに・・・」
プリンスがそう言いかけたときだった。
「おや、マスターはご存知ないのですか」
セブンが疑問の声を上げた。
「え?」
プリンスはきょとんとなった。
「新聞でも話題になっていますよ。謎の怪生物かエウテルペ城下町を這う人間、とありま
す」
セブンはそう言って、この日の朝刊をプリンスに渡した。
「地域欄に書いてありますよ」
セブンがそう言ったので、
プリンスは慌てて、
エウテルペ城下町とその郊外の事件がまとめられている紙面を開いた。
風が、覗き込むように見ている。
そこには、確かにセブンが言ったとおりの見出しがついている記事があった。
その内容は、
夜中エウテルペ城下町に蜘蛛のように這って歩く人間が徘徊している、
というものだった。
すでに目撃情報が何件か警察に寄せられているという。
風の話と同じだった。
「まさか・・・」
「マスター、風が言っていることはウソなんかじゃないですよ。紛れもない事実です。こ
うやって、身近に目撃者が現れると、他人事とは思えませんね」
セブンは冷静に言った。
たとえ、見出しに怪生物と書かれていてもだ。
「ほら、若。私が言ったとおりでしょう」
「うう」
プリンスは、自分が間違っていたことを認めなければならないのだった。

聖戦士の魔王が、マクロスたちに挨拶した。
「おはよう、魔王」
マクロス、運命、エボリも挨拶する。
魔王は、ダナエ王家に仕える聖戦士のひとりで、
マクロスの付き人である。
もっとも、付き人と言っておきながら
いつもついて回っているわけではない。
盗賊協会に行く必要があるのはマクロスだけである。
なので、魔王はこちらに滞在している間は
教会図書館の手伝いをしているというわけだ。
「魔王は朝食はまだか」
「はい、これからです」
マクロスの問いに答える魔王。
続いて運命が訊いた。
「それじゃ、一緒にどうです」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
魔王は答えた。
「ところで、何の話をしていたのですか」
今度は、魔王が訊く番だった。
「このことですよ」
エボリはそう言うと、新聞のとある紙面を出した。
例の、這って歩く人間が現れたという記事である。
「これは・・・教会図書館でも少し話題になっていたような気がします」
「だから林が忙しくなったんですよ。こういうわけのわからない奴に出くわしたときのた
めに必要な護身用の武器が欲しいっていう人がたくさんいるんです」
エボリが説明した。
「エボリ、霧ミサイルは護身用だけど武器ってわけでもないだろう」
運命が、そんな疑問を言った。
「俺にとっては武器だよ、運命兄さん」
エボリは答えた。
どうやら、霧で敵の視界をふさいでいる間に、
自由に攻撃できるという場面を想定している。
そう考えると、霧ミサイルも武器なのだ。
「なるほど。しかし、どうしてこのような人間が現れるようになったのでしょうか」
魔王は、それが気になった。
「あ、俺もそれは思った。もしかしたら仕事の帰りに、こういう奴に出くわしたりして」
マクロスが言った。
「本当に出くわしたらどうするの」
運命が訊いた。
「そうだな。まあ、深追いはしないよ。不確定要素に首を突っ込むのは危険だし・・・」
これは、マクロスが普段から言っていることである。
わけがわからない状態で
物事を一気に解決しようとはしないのがマクロスである。
「それがいちばんだよ」
運命はうなずいた。
「でも、この件については少し調べたほうがよさそうだな」
エボリが言った。
実は、エボリは探偵としての一面も持っていた。
エボリ、運命、林、そして
エボリの弟のトロス・ブライアン・エウテルペ、
その妹のミルテ・ヴェガ・エウテルペ。
この五人で組織されたのが、
[エウテルペ探偵団]である。
決して、マクロスたち盗賊と対立しているわけではない。
「俺も、いつ出くわすかわからないし、何かあったら協力するよ」
マクロスが言った。
「私もお手伝いいたします」
魔王も言った。
「ありがとうございます。・・・運命兄さんは」
「言われなくても、手伝う気でいたよ」
運命は、こうなるのも「運命」だったと思わずにはいられなかった。

2.人体実験

エウテルペ城下町の一角にあるエウテルペ大学工学部の一室にてー
「それは本当なのか」
茶色い髪に漆黒の瞳の男性がすごい剣幕で、
金髪に漆黒の瞳と緑色のパーカーにジーンズ姿の青年に向かって訊いた。
「本当だよ、父さん。この記事を見ればわかる」
金髪の青年は、新聞の地域欄を開いて茶色い髪の男性に渡した。
新聞を受け取った男性は、その記事に目を通した。
「何ということだ。 とうとう、このエウテルペに、あいつが・・・」
「あいつ?」
茶色い髪の男性の言葉に、金髪の青年は疑問を持った。
「おい、ライズ」
茶色い髪の男性は、突然、金髪の青年の名を呼んだ。
「な、何だよ、父さん」
今日の父親は、どうもおかしい。
青年ライズはそう思わずにはいられなかった。
「これは厄介なことになった!
お前、今すぐ警察とエウテルペ探偵団に連絡してこい」
「は?」
「いいか、今すぐにだ」
「ああ、わかったよ。で、連絡することは」
「警察にもエウテルペ探偵団にも、ゲルマン教授を捜索してくれと伝えてくれ。依頼人は
スター・スターダンスだ」
「父さんの名前を出せば、なんとかなるわけ」
「ああ。何とかなる」
「盗賊ギルドには」
「念のため、話だけはしておいてくれ。ゲルマン教授に関わる依頼を出すかもしれないと

「わかった。じゃあ、行ってくるよ」
「頼んだぞ」

エウテルペ城下町の一角にある盗賊ギルドにてー
盗賊ギルドは、盗賊協会の建物とつながっている。
つまり、
盗賊協会と盗賊ギルドは、同じ建物にあるのだ。
依頼の受付や盗賊たちの修行などは、
みんな盗賊ギルドで行われる。
「じゃあ、見たんですね」
マクロスは、他の盗賊たちから、ある話を聞いていた。
それは、新聞に掲載されていた蜘蛛のように這う人間の話である。
「おう。俺はこの目でしっかり見たんだ」
「俺も見たぜ。依頼をこなした帰りに。さすがにたまげたよ」
「私も見たわ。あれは男性ね。蜘蛛のように歩いていて、こちらと目が合ったら違う方向
へ逃げていったわ」
「なるほど」
マクロスは、今の情報を持っていた手帳に書いた。
「お、ひょっとして探偵団の手伝いか」
盗賊のひとりが訊いた。
「そうですね。できることがあるときは協力しなければならないし」
マクロスはそう答えておいた。
「てことは、探偵団はこの事件について調べているの」
女性盗賊が訊くと、マクロスはこう答えた。
「依頼がないので、本格的に調べているわけではありませんが、今のうちから、いろいろ
と調べておこうという話になりましたので」
その後、マクロスはこの三人と少し話した後、
このグループと別れた。
グループは、これから新たなる依頼の打ち合わせらしい。
ここでも目撃情報があった。
やっぱり、あの記事はデマなんかじゃない。
マクロスがこう思ったときだった。
「おはようございます、マクロスさん」
誰かが挨拶してきた。
「あ、おはようございます。珍しいですね。今日は一人ですか」
それは、盗賊仲間の風だった。
いつもなら、風が付き人を務めている、
あのプリンスも一緒にいるのだが、
今日は珍しくプリンスの姿がなかった。
「若は、少しへこんでおりまして・・・」
「え、何かあったんですか」
「実は、私の話が本当だったことにかなり衝撃を受けたみたいなんですよ」
「話が本当」
「あ、マクロスさんにはこう言ってもわかりませんよね」
風は、マクロスに今朝あったことを話した。
「そ、そんなことが・・・」
マクロスは、
プリンスが頭から信じていたことが見事に覆されたので、
それがショックなんだろうと思った。
そして、ふと思った。
「てことは、風さんも蜘蛛のように這う人間を見たんですか」
「はい、そうです」
風は、マクロスの問いに即答した。
「そのときのことを、詳しく話してくれませんか」
「いいですよ」
風は、昨夜の出来事をマクロスに話した。
「昨夜にも現れた、ということですね」
マクロスはそう言いながら、手帳に書いた。
「マクロスさん、調べているのですか」
「はい。まあ、俺が中心ではなく、エウテルペ探偵団が中心となっていますが」
「すると、お手伝いということですね」
「そういうことです。風さん、よかったら協力してくれませんか」
「喜んで。私は、この事件に直面しましたからね。一度でも関わったのだから、その解決
を見届けるのもいいでしょう」
風は、あの蜘蛛のように這う人間がかなり気になっているようだ。
「ありがとうございます」
マクロスは礼を言った。
「やっぱり、皆さん気にしているんですね」
カウンターのほうから、声がかかった。
声の主は、盗賊協会役員のチェックメイトだ。
紫の髪に、右は紫の瞳、左は濃い桃色の瞳をしている。
「あ、チェックメイトさん。おはようございます」
「おはようございます。風様」
風とチェックメイトは挨拶しあう。
マクロスは、すでに挨拶を終えている。
「チェックメイトさんは、この事件をご存知なのですか」
風が訊いた。
「私自身は目撃していませんが、皆さんがいろいろと話題にしているので話自体は知って
いました。今日の朝刊にも書いてありましたし」
チェックメイトは答えた。
「だけど、エウテルペ祭の前や最中には、こんなことは一切起こってなかった。それが、
エウテルペ祭が終わってから、こんなことが起こるようになった・・・」
マクロスは、それが何かの手がかりにならないかと思った。
「そういえばそうですね。エウテルペ祭の前や、エウテルペ祭の期間中は、こんな話はま
ったくありませんでしたね」
チェックメイトはうなずいた。
「ところで、風さん。エウテルペ祭はどうでしたか」
マクロスは、ちょっと訊いてみた。
「とても楽しかったですよ。春の終わりと夏の始まりを告げるお祭りが一週間も続くなん
て。他国からもたくさんの人が来ていたので、本当に大きなお祭りだと思いました」
風は、少し興奮ぎみに言った。
「やはり、初めての方は驚きますよね」
チェックメイトは納得した。
そう、エウテルペ祭の規模はかなり大きいのだ。
そして、
この期間中はエウテルペ城下町にたくさんの人が訪れる。
まさに観光シーズンなのだ。
この期間中が、
エウテルペ城下町にいる人の数がいちばん多い時期だと言われている。
城下町のいたるところに屋台が並び、
路上でのパフォーマンスが行われ、
コロシアムでは多彩なイベントが開催され、
競馬場では、レースの他に特殊なイベントが開催される。
とにかく、いろいろなことが披露される。
そして、エウテルペ王国を治める者が人々の前で
春の終わりと夏の始まりを告げる挨拶を行う。
これを目当てに訪れる人も少なくない。
「そのエウテルペ祭に原因があるのでしょうか」
風は、なんだか信じられないという様子だ。
「俺も、そうは思いたくないですよ。ですが、可能性はないわけではありません」
マクロスは言った。
「しかし、今回の事件はわかっていることが少ないですね」
チェックメイトの言葉に、マクロスも風も納得した。

エウテルペ城は謁見の間にて、
エウテルペ王国女王オクタビアン・ドーベル・エウテルペは
報告された名前を聞き返した。
「はい、ゲルマン教授です」
エウテルペ大学工学部に所属する、
地質学教授スター・スターダンスの秘書兼助手であり、
スターの息子でもあるライジン・スターダンス
通称、ライズは答えた。
オクタビアンは、茶色い髪をひとつに結い、茶色い瞳を持っている。
もっとも、瞳の色がわかるのは左目だけだ。
右目には、黒い眼帯がつけられている。
「どこかで聞いたことがある名前だわ・・・」
オクタビアンは言った。
「オクタビアン様もですか。実は、私も父から言われてからここに来るまで、どこかで聞
いたことがある…と存じていたのです」
ライズは、正直に言った。
「確かスターダンス教授は、今回の・・・人間が蜘蛛のように這って歩くという事件の記
事を見て、すぐにゲルマン教授のことを警察及び探偵団に告げろとおっしゃったのね」
「その通りです。オクタビアン様に報告したのは、俺・・・あ、私の判断でございます」
「ふふ、いいですよ、そんなに改まらなくても」
「は、はい」
ライズは、
エウテルペの王族は皆、心が広い人たちだと思っていた。
「それでゲルマン教授のことですが、スターダンス教授の話からすると人間が蜘蛛のよう
に這って歩くという事件と関係がありそうね」
「そういうことになりますね。ゲルマン教授は、人間が蜘蛛のように這って歩くという実
験か何かをやっていた、ということがある」
ライズは、自分で言っておいて
そんなことが本当にあるのかと思った。
「スターダンス教授がそんな剣幕で言っていたということは、まさか、人間を実験台にす
る人だとか」
「可能性はあります、オクタビアン様。エウテルペで実験台を物色し実験台となった人間
を・・・」
「ということも考えられますね。スターダンス教授の様子から、人間が蜘蛛のように這っ
て歩く事件とゲルマン教授には何らかのつながりがある。それを考えると、放っておくわ
けにはいきません。ライズさん、エボリたちにもぜひ話してください」
「ありがとうございます、オクタビアン様」

魔王は、いつものように教会図書館にいた。
「よう、魔王」
水色の髪に、紅い瞳をした男性が声をかけてきた。
「マクベス様」
それは、ダナエ王であるマクベス・ダナエだった。
「どうしてこちらに」
「いいじゃん、別に」
「・・・」
マクベスの答えに、魔王は言葉を失った。
そして、やっとの思いでこう言った。
「ビンティカ様を鍛える目的ですか」
「そうそう。あいつには、まだ肌で感じてもらうことがいろいろあるからな」
ビンティカとは、マクベスの娘だ。
そして、マクロスはこのマクベスの息子である。
マクベスが時々城を留守にするため、
マクロスとビンティカが小さい頃は
聖戦士たちがマクベスの代理を務めていた。
その当時はマクベスの父親がまだ生きていて、
しかも国王だったのだから
あまり問題はなかった。
マクロスとビンティカが成長してから、
マクベスの代理は決まってマクロスが務めていた。
つまり、ビンティカは
国に関わることにはほとんど関わっていないのだ。
なので、マクベスは娘を鍛えるために
こうして城を空けているという。
確かに、こんな理由なら国民も納得するだろう。
だが、
真の目的が他にあることを魔王はちゃんと知っていた。
「本当は、マクロス様に会いに来たんでしょう。まったく、エウテルペ祭のときにも会っ
たじゃないですか」
「別に構わないだろう。父親が息子に会いに来たんだから」
マクベスは、問題だとは思っていないようだ。
全く・・・マクベス様が子離れできるのはいつの日なのだろうか。
魔王は、ついついそう考えていた。

城に行き、
オクタビアンにもエウテルペ探偵団のリーダーであるエボリにも
ゲルマン教授を捜索するという頼みを出しておいた。
そして、警察署にもスター・スターダンスの依頼人名で
ゲルマン教授を捜索するように頼んでおいた。
だが、ライズには
どうして父親があんなに必死になっているのか
まだわからなかった。
そんな疑問を頭に浮かべながら、盗賊協会の建物に入った。
建物は、警察署の向かい側にある。
「おはようございまーす」
もう昼に近い時刻だったが、ライズはそう挨拶した。
「おはようございます」
チェックメイトが、ライズに気づいた。
「本日はどのようなご用件で」
「え? あの、え~と・・・」
ライズは、ここで一体どうすればいいのか迷った。
まだ、依頼を出す段階ではない。
事実、なんだかよくわからない状態なのだ。
「あ、そうだ」
ライズは、あることを思いついた。
「すみません、怪盗MRDはいらっしゃいますか」
「マクロスなら、いますが・・・」
チェックメイトがこう言いかけると、
当の本人が、風と共に訓練場から出てきた。
「あ、ライズさん」
マクロスは、ライズの姿を見つけるとそう言った。
「おはよう、マクロス君」
「おはようございます、風さん。珍しいですね。プリンス君ではなくマクロス君と一緒に
いるなんて」
「若は、本日はお出かけにならないようです」
「何かあったんですか」
風の言葉に、ライズは少しだけ心配になった。
「実は・・・」
風は、ライズにも今朝のことを話した。
「それは、プリンス君には災難でしたね。あ、そうだ」
ライズは、風の話から、なぜここに来たのか
それを話すきっかけをつかんだ。
「実は、そのことで話があるんですよ」
「どういうことですか?」
ライズの言葉に、チェックメイトは訝った。
「父からの伝言で、ゲルマン教授に関する依頼を出すかもしれないとのことです」
「ゲルマン教授?」
チェックメイトだけでなく、
マクロスも風もこの名前を口に出した。
「すると、この事件とゲルマン教授が何か関係があるということですか」
マクロスが訊いた。
「父さんの話からすると、そういうことになるね。あの記事を見てゲルマン教授のことを
話したんだから」
ライズは答えた。
「あ、そうだ。マクベスさんがこっちに来てたよ。お城に行ったら会うことができた」
「え、また来たって事ですか」
「マクロス君、なんだか迷惑みたいだね」
「国王が、こうも国を空けるなんて・・・」
マクロスは、本当にこんな調子でいいのだろうかと思った。
「ところで、ゲルマン教授とは何者なのか。ライズさんはご存知なんですか」
風が訊いた。
「俺は、名前をどこかで聞いたことがあるような気がするんですが、どこで聞いたのかま
では思い出せないんですよ」
ライズは、本当にもどかしそうに言った。
と、そのとき
「やっぱり、ゲルマン教授の仕業だったんですね、あの事件は」
別の人物が話に入ってきた。
「メフィストさん」
マクロスが、その人物の名を出した。
プラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、緑色の瞳を持った青年。
目の周囲には、赤い布製の覆面がある。
彼は、エウテルペ城下町郊外監視係。
もともと、エウテルペの王子で
オクタビアンのいとこに当たる。
実を言うと、先代エウテルペ王の息子なのだ。
だが、王の座をオクタビアンが継ぎ、
彼自身は王家を出るということになったのである。
そして、現在に至っている。
城下町郊外監視係として郊外を守りながら、
ミサイルの研究も行っている。
もっとも、彼自身は
兵器としてのミサイルを使わない時代がいちばんいいと思っている。
また、世界科学雑誌に3ヶ月に一度の割合で記事を寄稿している。
最新号には、十五年前に起こった新種のカビの発見と、
その後の悲劇について書いた。
「メフィスト様までこちらに見えられるなんて、一体何かあったのですか」
「いや、ライズさんがこっちに入ってくるのが見えたから、どうしたんだろうと思ったん
ですよ、チェックメイトさん。そしたら、ゲルマン教授の名前が出てきたから・・・」
チェックメイトの問いに答えるメフィスト。
その言葉を聞いた風が、思い切って訊いた。
「メフィストさんは、ゲルマン教授について、何かご存知なのですか」
「知っていますよ、風さん。かなり性質が悪い人ですよ」
メフィストは答えた。
その言葉に、
マクロスも風もチェックメイトもライズも息を呑んだ。

3.疑惑の教授

「性質が悪いとは、どういうことですか」
マクロスが訊いた。
「ゲルマン教授の評判は、正直言って、あまりよくない。やっていることがやっているこ
とだからね」
メフィストはこう言ってから、
ゲルマン教授の説明を始めた。
「ゲルマン教授は、このエウテルペの人ではないことは確かだ。
東洋の国出身だという話を聞いたことがあるけれど、本当のことかどうかはわからない。
ただ一時期、とは言ってもかなり長い期間だけど、ヤハンにいたことがあるということは
確かなんだ。ヤハンといえば、謎めいた実験や研究をしている国でもあるからね。国の取
締りが追いつかないほどだというくらいなんだ。それが、ゲルマン教授にとっても都合が
よかったらしい。で、ゲルマン教授の実験や研究だけど、それが生体に関わることなんだ
。かなり前、十年以上前に世界科学雑誌に自分の実験のことを書いて、一般の読者や研究
者たちは本当に驚愕した。そのときのテーマは、[若返りの秘宝]だったんだ。それは薬
の一種だったんだけど、それを使えば若返ることができるって、そんな内容だった。事実
、もう実験済みだということもその記事に書いてあった。当時、エリスは不老とはいかな
くても、若さを保つことができる方法を公表していなかったから、そのときはそれで若く
なれると、みんな思った。まあ、エリスの方法は若返ることはできないから、結局、若返
ることができるのは、ゲルマン教授が発表した方法だけだったんだ。ところが、竹原博士
がこの記事を批判した。実験済みだと言っているが、一体どんな実験だったのかというこ
とだ。この指摘を受けた世界科学雑誌の編集者たちや科学の学会の人々が、実際にゲルマ
ン教授のもとを訪れ、その説明を受けた。そこで、衝撃の事実が明らかになったんだ。ゲ
ルマン教授は、人体実験をやっていたんだ。もともと、人間に使う薬なんだから人間に試
さないと意味がない・・・そんな考えでヤハンにいる行き場を失った人々を捕まえては、
その薬の実験台にしてしまったという。実験台になった人々は、もはや理性を失っており
、どうすることもできなかった。これが公にされ、ゲルマン教授は科学界を追放された。
だが、科学の道を完全にあきらめたわけじゃないという話を聞いた。ヤハンを追われたゲ
ルマン教授は、その後も住む場所を変えながら自分の実験を続けているという話なんだ。
マーザンやウェスタで、ゲルマン教授の姿を見かけたという目撃情報がある。また、それ
よりもずっと東の東洋の国でゲルマン教授を見かけたという話もあった。また、若返りの
薬だけでなく、他の研究も当然ながらやっていたらしい。噂だけど、人間をエルフに近づ
ける薬というのもあるらしい。また、ゲルマン教授は今から十五年前に発見された、新種
のカビにも興味を持っていたようなんだ。東洋の国に行ったのはそのためだとも言われて
いる。新種のカビは、東洋の国に住んでいた大空教授という人が発見したものなんだ。そ
れで一躍脚光を浴びた大空教授だけど、そのカビはこの星を滅亡させるものでもあった。
実は、繁殖のスピードが、異常なまでに速いもので、放っておけば一週間でこの星が滅亡
するという恐ろしいものだった。なぜ、そんなカビが今まで発見されなかったのか。実は
、カビは自然界に最初から存在するものではなく人工的に作り出されたものだったんだ。
この世界では、人工的に作り出された植物や菌類でも、新種の発見として認められる。通
常なら、新種が発見されたということが話題になるだけ。しかし、大空教授は、そのカビ
の発見のおかげで科学界の名誉である竹原賞も受賞した。カビは、こちらの生活にも役に
立つものだったんだ。確か、重い怪我もすぐ治すというものだったかな。だけど、そのカ
ビの繁殖スピードが驚異的なものだったから、結局はカビを絶滅させなければならなかっ
た。大空教授は、自らの命と引き換えにカビを死滅させた。人が一人死なないとカビを絶
滅させることはできなかったらしい。話を元に戻すけど、ゲルマン教授はカビのデータが
欲しかったらしい。カビのデータを元に自ら新しいカビを作り出せば、また科学界に戻れ
る。きっとそう思ったんだろう。そのカビのデータを手に入れることができたのかどうか
、それはわからない。とにかく、ゲルマン教授は自分の実験を続けていた。やはり、実験
台に人間が使われていたのは事実らしい。ウェスタにて、ヤハンでゲルマン教授の実験台
にされた人と似たような症状が出ている人が、何人か発見されたみたいなんだ。それから
、東洋の国からも姿を消したらしい。で、現在、このエウテルペにて蜘蛛のように這う人
間が目撃されているというわけさ」
一同は、ほうっとため息をついた。
「そうか。だから父さんはあんなに必死になっていたのか」
ライズは、ようやく合点がいったようだ。
「ライズさんって、メフィストさんとあまり歳が変わりませんよね」
マクロスが訊いた。
「確か、ライズさんは僕より年上のはず」
メフィストが答えた。
「マクロスさん、もしかしてライズさんがなんで忘れていたのか気になっていたんですか

風が訊いた。
「う~ん。ライズさんが忘れていたということより、メフィストさんがものすごく詳しく
覚えていたことが不思議で・・・」
「実は、今月発売の世界科学雑誌にこのカビのことを書いたからね。それにしても、ゲル
マン教授がこっちに来ているとはね」
「でも、まだゲルマン教授の仕業だと決まったわけではないですよ」
チェックメイトの言うことはもっともだった。
「そうですね。とにかく、これからの動向に注意していましょう」
マクロスの言葉に、一同はうなずいた。

昼過ぎ、マクロスはエウテルペ城に戻った。
「父さん」
食堂で父親の姿を見つけるなり叫んだ。
「おう、マクロス。今まで出かけていたのか」
マクベスは、全く動じていない。
「ライズさんから聞いたよ!
まったく、エウテルペ祭のときにここに来て、その後帰ってまた来たんだね」
「お前が元気そうでよかったよ」
この言葉を聞いたマクロスは、少しだけ嬉しくなった。
何だかんだと理由をつけてこちらに来るマクベスだが、
いちばんは、自分が心配だということなのだ。
もう、親に心配してもらう年齢ではないが、
こう言ってもらうと嬉しいことには変わりない。
自分もまた、マクベスと同じく
寂しがりやなのかもしれないと思わずにはいられなかった。
「で、何か変わったことはないのか」
マクベスが訊いた。
ここで、マクロスは念のためにあのことを話しておくことにした。
「実は・・・」
マクロスは、最近エウテルペで起こっている出来事や
メフィストから訊いた話をマクベスに伝えた。
「そんなことが起こっていたのか。またゲルマン教授が絡んでいる」
「やっぱり、父さんも知ってたんだね」
「当たり前だ。メフィストが知っていることなんだぞ。俺が知らないわけはないだろう」
(そうとは限らないだろう)
マクロスはそう言いたかったが、口には出さないでおいた。
「お前、このことについて調べているのか」
「いや、調べているのはエウテルペ探偵団だよ」
マクロスはマクベスにそう言ってから、
エウテルペ探偵団に伝えておかなければならないと思った。
「聞いてましたよ」
食堂にいたエボリが言った。
「ああ、エボリ君。説明する手間が省けたよ」
マクロスは、正直に言っていた。
「ゲルマン教授がこっちに来ているとなると少々厄介ですね。ライズさんはよくわからな
いっていう感じで話していましたが、マクロスさんの話でよくわかりました」
「お役に立ててよかったよ」
ライズをけなすつもりは全くなかったが、
エボリからしてみれば、
わけのわからない状態で話されたのだから
たまったものではなかっただろう。
「エボリ君、これからどうするんだ」
マクベスが訊いた。
「そうですね。ゲルマン教授が来ているとして、潜伏先を探るというのが当面の目標でし
ょう。人体実験は許されないことですから」
エボリは答えた。
「昼間は現れないんだよね。蜘蛛のように這う人間は」
マクロスの言葉に、エボリはうなずいた。
「記事でも、夜に目撃されたという話ですよね」
「つまり、昼間は情報集めしかできないってことか」
マクベスが、そう結論づけた。

その夜。
黒く美しい髪を腰まで伸ばし、
目には灰色のゴーグルを着用した少女が
エウテルペ城下町を疾走していた。
彼女の名は加奈。
盗賊協会設立メンバーのひとりの少女盗賊だ。
目的を達成し、これからギルドに向かうところだ。
いくら認められている活動とはいえ、
やはり、他人に見つかるというのは嫌なものである。
音を立てずに走る。
そして、ギルドの手前まで来たとき
加奈はふと、足を止めた。
前方から、誰かがやってくる。
(隠れなきゃ)
近くにあった看板の陰に隠れた。
そして、加奈はその人物の様子を窺った。
「!」
加奈は、その光景に思わず息を呑んだ。
確かに、それは人間だった。
だが、その動き方は明らかに人間ではなかった。
まるで、蜘蛛のように地面を這っている。
ガサガサと動いているという表現が
いちばんしっくりくると、加奈は思っていた。
「あれは・・・」
加奈は、新聞記事を思い出した。
最近、蜘蛛のように這って歩く人間が
このエウテルペ城下町で目撃されている。
半信半疑の加奈だったが、
いま目の前で記事のとおりの光景が繰り広げられている。
蜘蛛のように這って歩く人間は、
周囲をぎょろぎょろと見渡している。
そして、ガサガサと先へ進んでいった。
加奈は、しばらくその場を動かなかった。
後を追いたくなったが、
何の準備もなく
不確定要素に首を突っ込むのは危険であることも
十分に承知していた。
というわけで、その場を後にしギルドへ向かった。
加奈がギルドに入ると、中はがらんとしていた。
仕事帰り?の盗賊たちや
何もないけど顔を出しに来た
という盗賊たちで賑わっているギルドだが、
この日は、どういうわけか静かだった。
おかしいわね。夏休みまでは日があるのに・・・。
8月の中旬のギルドの夏休み前は、
決まって盗賊ギルドは静かになる。
依頼が減るのが主な原因だが、
もう夏休みだから
依頼は来ないだろうと思い込む盗賊が多い。
しかし、今は違う。
エウテルペ祭が終わってまだ間もない。
夏休みには早すぎる。
「あ、お疲れ様です、加奈様」
チェックメイトが声をかけた。
「こんばんは、チェックメイトさん。やけに静かですね」
「ええ。奇妙な事件がありますからね」
この言葉を聞いた加奈は、もしかしたらと思った。
「それって蜘蛛のように這って歩く人間ですか」
「そうです。よくご存知ですね、加奈様」
「はい、ついさっき見かけました」
「何だよ、加奈も見たのか」
近くで、面白くなさそうな声がした。
それは、プリンスの声だった。
赤いカウボーイハットのような帽子を被っている。
「プリンスさん、この時間にぼうっとしているなんて珍しいですね」
加奈は正直に言った。
プリンスは反論しようとしたが、
「仕方ないですよ、マスター。事実なんですから」
隣にいたセブンに突っ込まれた。
「あ、セブンさんも。こんばんは」
「こんばんは、加奈さん」
「ところで、風さんは?」
加奈は、風の姿が見当たらないことに気づいた。
プリンスとセブンがいれば、
風も一緒にいるのがいつものことなのだが、
今回は珍しいことに風は別行動のようだ。
「加奈さんは依頼があるようでしたので、こちらのことは何も話さなかったのだから知ら
ないのも当然ですね」
とセブンが言った。
加奈の仕事が今夜であることは、
チェックメイトから聞いたのだ。
「すると、何か厄介なことが」
加奈は訊いた。
「まあ、厄介なことと言うか・・・」
プリンスは、本当に面白くなさそうだ。
「実はですね」
チェックメイトが、今朝あったことを話した。
「じゃあ、プリンスさんは蜘蛛のように這って歩く人間のことを信じていなかったという
わけですね」
話を聞き終わった加奈は、プリンスに訊いた。
「あー、何度も言うな」
プリンスは叫んだ。
「マクベスさんが、こちらにいらっしゃっているのはご存知ですか」
セブンが加奈に訊いた。
「え、この前にいらしたばかりなのに・・・」
加奈は知らなかった。
「私は、風から知らされました。風はライズさんから聞かされたといいます」
「今回の一件ですが、マクロス様がエウテルペ城に戻られた後、マクベス様とエボリ様に
話されたといいます。すると蜘蛛のように這って歩く人間は夜にしか現れないということ
に気づいたようです。今朝の話からはそんなことは導き出せませんでしたが、これまでの
傾向から、それがわかったのです。というわけで、今夜にも張り込みをすることになった
のです。マクロス様の他に、魔王様、マクベス様、エボリ様、運命様、風様の6名がこれ
に参加しています」
チェックメイトは説明した。
「プリンスさんとセブンさんが抜けているのはどうしてなんですか」
加奈には、それが疑問だった。
「マスターがいじけているからですよ。我々はこのギルドで待機しているんです。もしか
したら、蜘蛛のように這って歩く人間がギルドに現れるかもしれませんからね」
セブンは説明した。
「それもそうですね。ついさっき、この近くに現れたし。また来るかもしれませんね」
加奈は納得した。
「プリンス様、いつまでも機嫌を損ねているのはよくないですよ」
「とは言ってもな、チェックメイト。俺は実際には見てないんだよ」
「あら、私はこの目でちゃんと見ましたよ」
「マスター、もうあきらめたらどうですか」
口々に言われ、プリンスは何も言えなくなった。

4.蜘蛛人間

エウテルペ中央公園の前にてー
魔王と風はついに目撃した。
確かにそれは人間だった。
痩せ型の男性のようだ。
質素な服装だ。
だが、服装よりもその動きに目がいってしまう。
低い姿勢で動いている。
四つんばいになって、地面を這うように動いている。
蜘蛛のような動きだ。
ガサガサと動いている、というのが一番しっくりくる。
「か、風さん、この方は・・・」
「そうです。私が見た人と同じ動きです」
「すると、前に見た人とは違う人ですか」
「はい」
二人がこんな会話をしているときにでも、
その人物はガサガサと動いていた。
そして、
この人物は風に襲い掛かってきた。
「うわっ」
謎の人間に体当たりされ、風は倒れてしまった。
人間は、素早く後退すると
ガサガサとまた蜘蛛のような動きを始めた。
すぐに立ち去ろうとはせずに
その場を動き回っている。
「大丈夫ですか」
魔王は、風に駆け寄った。
「はい、大丈夫です」
風は、すぐに立ち上がった。
「それにしても、体当たりをしてくるとは」
蜘蛛のように這う人間が
他の人を襲うという話はこれまで聞いたことがない。
一体どういうことだろうか。
魔王は、人間の動きに気づいた。
まずい、また来る!
今度は、人間は魔王に体当たりをする気のようだ。
下手をすれば、こちらがやられる可能性もある。
相手は人間だ。まさか殺すわけにもいかない。
だが、相手の戦意を喪失させなければ
こちらが負けるかもしれない。
蜘蛛のように這う人間は他人を襲わないという
今までの常識が覆された。
もしかしたら、大事故になるかもしれないのだ。
ならば・・・
魔王は、武術の構えに入った。
そして、
相手が一瞬上体を起こした隙をついて、
みぞおちに拳を見舞った。
「うぐっ」
人間は、うめき声を漏らして倒れた。
魔王は、人間を仰向けにした。
「一体、どうしたというのでしょう」
風が、そんなことを言った。
「これまでの目撃情報からして、蜘蛛のように這う人間には違いないようですが。そうで
すよね、風さん」
「間違いありません。私が前に目撃した人とは違う人です、動きは同じです。ただ、前と
違い攻撃的だったのが気になります」
「そうですか。いずれにしろ、この人をここへ寝かせたままにするわけにはいかない」
「それもそうですね。では、警察署にお連れしましょうか」
「あ、それはいいですね。警察の方々にもこの事件についてはすでに依頼が出ているんで
すよね」
「ライズさんがお話ししてくれたといいますから」
「では、行きましょう」
魔王が男性を担ぎ、風と共に警察署に向かった。
「あの、魔王さん。お手伝いしましょうか」
「このくらい、どうってことありませんよ、風さん」

同じ頃、エウテルペミュージックホール前にてー
マクベスと運命は、奇妙な光景を目にしていた。
「何だ、あれは」
マクベスがそう言うのも無理はない。
建物の前で、男性が三人、
四つんばいでガサガサと這い回っていた。
「・・・」
運命は、言葉を失った。
蜘蛛のように這い回る人間というのは
事前に新聞記事により知っていた。
だが、改めてこの現象を自分の目で見てみると、
それがどれだけ奇妙なものなのかよくわかった。
「一体、何のつもりなんだ」
マクベスが、そんな疑問を言った。
その声に応えるかのように、
三人の男性たちは、いっせいにこちらを見た。
突然のことに、マクベスと運命はびくっとした。
三人の男性たちは、
少しずつこちらに近づいてくる。
「お、おい、どうしたんだ」
マクベスは、三人の男性たちに訊いた。
だが、答えはない。
「マクベスさん、これまで蜘蛛のように這う人間に攻撃された人はいない、とのことでし
たが」
「どうやら、その情報も当てにならないみたいだな、運命君」
「やっぱりそうですね」
マクベスも運命も、
こちらへの敵意があると感じ取った。
三人の男性たちは、
こちらに体当たりを食らわせようと突然起き上がった。
「はっ」
「はあっ」
マクベスは、真ん中と左の男性のみぞおちに同時に拳を見舞った。
そして運命は、右側の男性のこめかみに拳を見舞った。
もともと武術が得意なマクベスと、
武術を専門分野にしている運命の攻撃はさすがだ。
敵は、この一撃だけで動かなくなった。
三人とも、その場に倒れた。
「さて、どうします」
運命が訊いた。
「ここへ放っておくわけにもいかないな。また目を覚まして他の人を襲うということも考
えられるし」
マクベスはそう答えた。
と、そこへ
「マクベスに運命君」
なんと、メフィストが姿を現した。
「お、メフィスト。ちょうどいいところへ来た」
マクベスは、
メフィストが夜中に出歩いていても不思議に思わないようだ。
だが、運命は違っていた。
「どうしたんですか、メフィストさん。こんな夜中に」
「今夜が張り込みだってマクベスから知らされていたんだ。もしかしたら僕も何か手伝う
ことになるんじゃないかと思って自主的に見回りをしていたんだ」
メフィストは、どうやら事前にマクベスから
今夜のことを話されていたようだ。
「わかってるじゃん、メフィスト」
マクベスは満足そうだ。
「ところで、エリスをひとりにしてはいないだろうな」
「私もいるわよ」
メフィストの後ろから、
プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、
澄んだ緑色の瞳をもつ女性が顔を出した。
彼女はエリス・カカオマス。メフィストの妻だ。
伝説のノーストリリアの民の末裔でもある。
彼女は不老である。
実際の年齢は、もう四十に近いはずだが、
二十代前半と言ってもおかしくない外見である。
ノーストリリアの秘術で不老になっているのだ。
この不老の術を、
エリスはメフィストやマクベスとオクタビアンに伝授した。
おかげでメフィストたちも、
実際の年齢よりかなり若く見られている。
また、彼女の命を助けたことがあるエウテルペ探偵団の面々と
ダナエの兄妹(マクロスとビンティカ)にも
不老の術が施されている。
メフィストたちが不老の術を施されたのは十代後半だが、
実際には二十代前半の姿で保たれている。
どうやら、効くまでには少し時間がかかるらしい。
エリスは、
若さを保てる方法を書籍にして世に出した。
このおかげか、
エウテルペの人たちは若く見られる人が多い。
不老の術は、本来なら門外不出らしい。
そのため、ごく一部の人々にしか伝授されなかった。
「エリスさんがいるなら、この人たちが大怪我をしても大丈夫ですね」
運命がそんなことを言った。
エリスは、回復魔法に秀でている。
「それもそうだ。ただ、今回は大規模な魔法は必要ないみたいだな」
マクベスは、倒れている男性たちに目を向けて言った。
「で、僕がちょうどいいタイミングで来たとなると・・・」
メフィストは、なんだか嫌な予感がしていたようだ。
「当たり。この人たちを警察署に連れて行くからその手伝いをしてほしい」
マクベスのこの言葉に、
メフィストはため息交じりに言った。
「あー、わかったよ。こんなところで寝かせておくわけにもいかないしね。それに、病院
じゃなく警察に連れて行くのは、警察にも依頼が出されているからだろう」
「そういうこと」
マクベスはうなずいた。
「つまり、この人たちが蜘蛛のように這って歩く人間ってことか」
「そうです、エリスさん」
運命が答えた。
「よし、それじゃ警察署まで連れて行こう」
マクベスは真ん中の男性、
運命は右側の男性、
メフィストは左側の男性を担いで警察署に向かった。
エリスは、三人と一緒に警察署に向かうことにした。
「すみませんね、メフィストさん」
「どうってことないよ、運命君」
「そうだぞ。メフィストは、これだけでへばるほど弱い男じゃない」
「なんだか、私だけ悪いみたいね」
「気にしないでくださいよ、エリスさん。力仕事は俺たちの役割です」

待てっ!
エボリとマクロスは、
蜘蛛のように這う人間を追って商店街までやってきた。
思ったよりも、かなり素早い。
こちらの姿を見るなり、逃げ出した。
ガサガサと、四つんばいの状態で商店街まで這う。
エボリもマクロスも走っているが、
なかなか追いつけない。
「くそう、見失ったか」
エボリは、息を切らせながら言った。
「一体、どこに行ったんだろう」
マクロスも息を切らしている。
そういいながら、辺りを見回すことも忘れていない。
と、そのとき
「誰を捜しているんだね」
全く聞き覚えのない声がこちらに問いかけてきた。
男の声だ。
「ん?」
エボリとマクロスは、すぐにそちらを見た。
そこにいたのは、一人の男だった。
短い黒髪と眼鏡。
「誰だ」
エボリが訊いた。
「知りたいのか」
短い黒髪の男は、逆に訊いてきた。
「てめえ、一体何なんだ」
エボリは、相手の態度が気に入らなかった。
完全に、こちらを見下しているような感じがする。
「こちらは、邪魔されるのが嫌いなんでね」
男が言った。
「お前は、ゲルマン教授だな」
マクロスは吹っ掛けてみた。
内心、こいつはゲルマン教授ではないとも思っていた。
メフィストの話からして、
ゲルマン教授は老人といってもいいくらいの年齢である。
目の前の男は若い。
もっとも、不老になっていれば話は別である。
ゲルマン教授は、不老の研究もしていた。
「いいや、違う」
男は、あっさりと否定した。
「では、ゲルマン教授の手の者か」
今度は、マクロスはそう訊いた。
「それには答えられない」
男は言った。
「なるほど、ゲルマン教授の関係者だな」
エボリが言った。
「なぜそう思うのだ」
男の問いに対し、エボリは答えた。
「まず、ゲルマン教授かの問いに対してはきっぱりと否定した。それなのに、ゲルマン教
授の手の者かの問いには曖昧な答えを出した。もし本当にゲルマン教授と関係がなければ
この問いにも即座に否定するはずだ。なのに、答えられないと言った。科学の世界では、
ゲルマン教授は有名人だからな。その関係者ともなれば世間一般には隠したくなるだろう
。だが関係している以上、それを完全に否定するわけにもいかない。そうだろう」
「ふん、子供じみた分析だな」
男は、なんだか面白くなさそうだ。
そのときである。
マクロスは、男の後ろで何かがうごめいているのを見た。
それは、さっきまで俺たちが追っていた奴か。
動き方からすると、それで間違いないだろう。
「おい、お前の後ろに何がいるんだ」
マクロスが訊いた。
「え」
男は初めて動揺の色をみせた。
「なんだ、答えたくないのか」
エボリが訊いた。
そして、
威嚇に1発撃って後ろの男をおびき出そうかと思った。
男は、答える気配がない。
「そうか、答えたくないか。ならば出てきてもらおう」
エボリはそう言いながら、
腰のパイプ銃に手をかけた。
次の瞬間、
ドン!
発砲音が響き渡った。
パイプ銃の音ではなかった。
マクロスは、エボリのほうを見た。
エボリは、パイプ銃を落としていた。
そして、右の二の腕を押さえていた。
そこから、血が流れている。
「エボリ君」
マクロスは、慌ててエボリのほうに駆け寄った。
「大丈夫です」
エボリはそう言っているものの、
表情は引きつっている。
そして、エボリはがっくりと膝をついてしまった。
「貴様」
「こちらに銃を向けようとするのが悪い。人殺しはよくないぞ」
男は、トロッコ銃を持っていた。
そして、男の顔はにやついている。
威嚇のために発砲したとは思えない。
最初から、エボリの右腕を狙っていた。
エボリのパイプ銃を封じようとして発砲したのだ。
「人殺しのために銃を使おうとしたとは限らないだろう。それに、実際に撃ったのはお前
だろ」
マクロスは叫んだ。
「こちらは、身を守るために撃った。正当防衛だ」
どこまでもほざく男。
マクロスは許せなかった。
だが、下手に近づくと自分も撃たれてしまう。
ここは、奴のトロッコ銃を封じなければならない。
マクロスは、地面に落ちていたエボリのパイプ銃に目をやった。
敵は、まだにやついている。
「M法!」
マクロスは、術を敵にかけた。
敵の残り体力を半分にする技だ。
成功するとは限らないが、
敵を怯ませることはできる。
実は、今回はこれが目的だった。
すると、敵は明らかに驚いた。
その隙に、マクロスはエボリが落としたパイプ銃を拾った。
そして、銃口を白衣の男に向けた。
「マクロスさん」
エボリには、その意図がわからなかった。
マクロスは、銃を使えないはずである。
なのに、銃口を敵に向けている。
その顔つきは真剣そのものだ。
威嚇のつもりなのか。
エボリはそう考えたが、
この白衣の男に威嚇は通用しない。
「何だ、何にも起こらないじゃないか」
男は、そう言って鼻を鳴らした。
どうやら、術が効かなかったようだ。
だが、その次の瞬間である。
パァン!
乾いた音が響き渡った。
エボリは目を疑った。
明らかに、マクロスが、パイプ銃を撃ったのだ。
弾丸は、敵には当たらなかった。
敵のトロッコ銃を弾き飛ばしていた。
トロッコ銃は、使い物にならなくなっていた。
「ひいっ」
男は、その場から逃げようとした。
「逃げられると思うなよ」
男の道を塞ぐ者がいた。
「プリンス」
それはプリンスだった。
さらに、加奈とセブンもいる。
「マスター、どうやらこの方が蜘蛛のように這う男のようです」
セブンは、男のそばにいた四つんばいの男性を指して言った。
「あ、この人なら、さっき見ました」
加奈が言った。
「あー、もうわかったから勘弁な・・・」
プリンスは、自分が大恥をかいた鬱憤を晴らすべく、
男に向かって
「さて、貴様」
さやから抜いた剣の切っ先を向けた。
「エウテルペ王国第二王子である、エボリ・ウイング・エウテルペ王子を撃った罪は重い

「な、何っ」
この男は、戦っていた相手が誰なのかわかっていなかった。
「おとなしく、警察署まで来てもらえませんか。もし逆らうのであれば容赦はしません」
セブンが言った。
その間に、加奈はエボリのもとへ駆け寄った。
そして、傷の手当を始めた。
「かなりひどい傷だわ」
「大丈夫だ、加奈」
エボリはそう言ったが、表情は苦痛そうだ。
「無理はよくないよ、エボリ君。あ、パイプ銃は返さなきゃ」
マクロスはそう言って、
パイプ銃をエボリに返そうとした。
そこで、エボリははっとした。
「マクロスさん、どうして銃を撃てたのですか」
「ああ、エボリ君には何も言ってなかったね」
マクロスは、簡単に説明した。
「実は、盗賊ギルドでは銃の扱いの講習を受けることが義務付けられているんだ。つまり
盗賊ギルドに所属して講習を受けた人は、みんな銃のライセンスを取得できるってわけだ
。というわけさ」
「銃のライセンスがない状態で銃を撃つようなへまはしないさ、マクロスは」
プリンスが、横から口を出した。
男は、セブンの手により縛られている。
また、男の近くにいた蜘蛛のように這う男性は
すっかりおとなしくしている。
いつでも警察に行けるような状態だ。
「エボリ・ウイングの傷が心配だ。さっさとこいつらを警察に連れて行って、風に治療し
てもらおうぜ」
怪しい奴を警察に連れて行くという段取りを
セブンに聞かされていたプリンスは、
すぐに風と合流できると思ったようだ。
「それがいいですね」
加奈はうなずいた。
「エボリ君、立てるかい」
「はい。マクロスさん、足は大丈夫ですから」
エボリは、自力で立ち上がった。
こうして、
男はセブンに監視され、
蜘蛛のように這う男性はプリンスと加奈に見張られ、
マクロスはエボリを助けながら警察に向かった。

次の日、
エウテルペ城下町およびエウテルペ城は、
事件の話で持ちきりだった。
蜘蛛のように這う人間たちは、
若返りの秘法の実験台だったらしい。
昨夜、マクロスたちが発見した人々は
年齢が四十代以上だった。
若者と呼べる年齢の者はいなかった。
蜘蛛のように這って歩いていた人たちは
理性を失っているらしく、
話すことができるようになるには
まだ時間がかかるらしい。
その一方で、
エボリに発砲した男は
依然として口を割らない。
いや、蜘蛛のように這って歩く人間たちが
若返りの秘法の実験台になっていたことは述べた。
だが、若返りの秘法を作ったのは誰なのかは
全く口を割らないのだ。
しかし、この男がゲルマン教授の手の者であることを
警察の人々は確信していた。
マクロスが、昨夜の出来事をみんな話したからである。
エボリの様子は、
警察署にて風やエリスにも治療してもらい完治した。
「それにしても、エボリが撃たれたって聞いたときは本当に信じられませんでしたよ」
逆立った金髪に鋭い目の青年、
まだ少年とも言える顔つきの林が言った。
エウテルペ城の兵士補助係で武器開発を担当している人物だ。
「正直言って、どうしようかと思ったよ。あの瞬間はあいつが許せなかった。だから、俺
は撃ったんだと思う」
マクロスは言った。
「マクロスさんが銃の使い方を知っているって、よくわかりましたよ。パイプ銃を返すと
き、ちゃんと安全装置をかけてくれていた。銃を使う前にも安全装置を外していたし」
元気になったエボリが言った。
「だけど、今回の一件はビンティカに怒られそうだな・・・」
「大丈夫ですよ、マクロスさん。あれは俺の修行不足だったんですから」
エボリはマクロスにそう言っていた。
「あ、エボリ様」
魔王がこちらにやってきた。
「傷の具合はどうですか」
「大丈夫ですよ、魔王さん。もうすっかりよくなりました」
「そうですか、それはよかったです」
魔王はほっとしたようだ。
「ところで、マクベスさんは」
林が訊いた。
「父さんなら、たぶん警察署だと思う。この事件について、いろいろと調べたいらしい。
メフィストさんも一緒だと思うよ」
マクロスが答えた。
「ゲルマン教授が出てこない限り、事件は解決しそうにありませんね」
魔王が言った。
これには、マクロスもエボリも林も納得した。
「また、いつ戦いがあるかわからないな」
マクロスはそう心配した。
その言葉とは裏腹に、空はどこまでも晴れ渡っていた。

5.二人の侵入者

いつものように、賑やかなエウテルペ城下町。
その入り口に、二人の人物がいた。
一人は、銀色の髪に漆黒の瞳の男性。
一人は、こげ茶色の髪を2本の三つ編みにした濃い桃色の瞳の女性。
「とうとう、ここまでやってきたな」
男性が言った。
「本当にいるわけ、隊長」
女性が訊いた。
「ああ、情報からすると必ずここにいる」
男性は力強くうなずいた。
「たいした自信ね」
女性は、少々呆れているようだ。
「何を言うんだ。ゲルマン教授の野望を止めるのが我々の仕事だろう、明日香」
男性は、真剣なまなざしで女性を見た。
「はいはい。まずは、宿を取りましょう」
女性は聞き流したようだ。
そして、すたすたと歩き出した。
「おい、待ってくれよ」
男性は、すぐに女性の後を追った。

「結局、何もわかってないんだな」
日の光が差し込むエウテルペ城の食堂にて
マクロス・ダナエは言った。
「あの男は、未だに何もしゃべらず。そして蜘蛛のように這っていた人間たちは、自分た
ちが何をやっていたのか、全く思い出せないという状態ですからね」
向かい側の席にいる魔王が言った。
男は、警察署に連れて行かれて取調べを受けても
ゲルマン教授に関することは何もしゃべらないという。
蜘蛛のように這っていた人間たちも
自分が蜘蛛のように這っていたことを忘れている。
ただ、この人間たちの共通点は
若返りたい」という願望を持っていたということだ。
ノーストリリアの若返りの秘法を施された
オクタビアン・ドーベル・エウテルペ女王陛下を見て、
自分たちも若かりし日の姿を取り戻したいと思ったようだ。
蜘蛛のように這っていた人物は皆男である。
女性はいなかった。
男たちは、とにかく若返りたいと思っていた。
そんなときに、見知らぬ男から声をかけられた。
「若返りたいのか」
肯定すると、ある場所へ連れて行かれた。
それがどこなのか、全く思い出せないという。
その日から、
自分が夜中に何をしていたのか全く思い出せない。
ただ、寝ていた感じがしないのだ。
「忘却術」
マクロスの口から、そんな言葉が出てきた。
「可能性はありますね。あるいは、忘却麻酔か」
魔王も言う。
記憶を消し去る忘却術の存在。
だが、マクロスも魔王も
それを実際に使う人物には会ったことがない。
忘却術がノーストリリア文明のものならば、
エリスなら使えるのではないかとマクロスは思っている。
忘却麻酔については、
マクロスがずいぶんと世話になっている。
これを布に染み込ませ、
敵の鼻と口を押さえる。
すると、敵は眠るだけでなく、
少し前までの状況を忘れてしまうのだ。
「いずれにしろ、ゲルマン教授のアジトはわからないままだな」
「そうですね」
マクロスも魔王も、
ゲルマン教授本人と対面するのは
もう少し先になりそうだと思った。

それと同じ頃、
「ゲルマンとかいう奴、絶対許せねえ」
どういうわけか、プリンスはかなり怒っていた。
「若、ここでおっしゃられても困ります」
風が言った。
「そりゃ、私だって許せません。人を実験台にするなんて。ですが、ここでおっしゃるの
は・・・」
「そんなことはわかりきっているさ、風」
ゲルマン教授がやっていることを許すべきではないと
プリンスは思っていた。
エリスの若さを保つ方法は、
大昔から伝わるノーストリリアの民の知識なのだ。
若さを保つ方法を教えてもらえるだけで、
エウテルペ王国の人々は満足だった。
それに対し、
ゲルマン教授は人間を実験台として、
若さを手に入れようとしている。
人間を「人間」として見ていない感じがする。
事実、その実験台になったと思われる人間たちは
蜘蛛のように這って歩いていた。
若返りの副作用だろう。
警察署内で、
蜘蛛のように這って歩いた人々の話がされたが、
これは、この日の朝刊に記されていた。
だから、マクロスも魔王も知っていたのだ。
「セブン、ゲルマン教授のアジトのことは新聞には書かれていないのか」
プリンスは訊いた。
新聞を読んでいたセブンは、
それをテーブルの上に置いてから答えた。
「いいえ。男たちは若返りの薬を服用してから、翌日の朝までの記憶がなくなったという
ことです。ゲルマン教授の居場所を知っていると思われるのはあの男だけですが、新聞に
よると未だに自白しないそうです」
プリンスは、
ゲルマン教授のアジトのありかさえわかれば、
今すぐにでもそこに乗り込みそうだった。
「男は、実験データを取る役目だったのでは」
風が、そんな仮説を立てた。
「それがいちばん有力な考えですね」
セブンは納得した。
「男はゲルマン教授の部下であり、若返りの薬の実験データを取るように命じられた。そ
して被験者を集めて薬を渡してそのデータを取っていたというのが筋が通る考え方です」
「じゃあ、男の居住地さえわかれば、ゲルマン教授の居場所がわかるかも」
風がこう言うと、
プリンスはすぐ反応した。
「それだ。大ボスがどこにいるかわからなくても、その部下の生活している場所を探れば
大ボスに近づけるかもしれない」
なんだか、今にも男の家に行きそうな勢いだ。
「マスター、白衣の男の家はわかっているのですか」
セブンが冷静に訊いた。
「・・・それは」
そう、プリンスはわからないのだ。
「でも、城下町のどこかであることには違いないだろう。被験者が城下町にしかいないの
に遠くにデータを持っていってまとめるわけにもいかない。何が起こるかわからないから
な。エウテルペ城下町に滞在していれば何かあったときにすぐに対処できるだろう」
「それもそうですね。若たちが男と対面したのもこのエウテルペ城下町ですし」
風は、プリンスの説にうなずいた。
「でも、城下町は広いですよ。どうやって探すんですか」
セブンが訊いた。
「そりゃ、お前の力でね」
プリンスは、セブンの能力に頼るみたいである。
「マスター、私の力を過信しないでください。確かに私には生体反応をキャッチする能力
はあります。しかし、それが特定の人物をキャッチするものではないということはマスタ
ーもご承知のはずです。それに今回は人というより家を探すものでしょう。居住地の探査
機能はもともとついていませんし、ましてや特定の人物の居住地を探すのは無理です」
セブンは、不可能であるということを告げた。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
プリンスは言った。納得しているようだ。
「第一、盗みの依頼は出ていないじゃないですか。いくら盗賊と言えども依頼の出ていな
いところに盗みに入るのは禁止されているんですよ」
そう、風の言うとおりである。
結局のところ、今は自分たちでは何もできないのだ。
「まあ、情報収集だけは行っていきましょう」
セブンが言った。
今のうちにできるのは、それくらいである。

その頃、カカオマス家では
「エボリ君の具合は」
メフィストが、マクベスに訊いていた。
家にいるためだろうか、
メフィストは覆面をつけていない。
「ああ、すっかり大丈夫だよ。撃たれた夜はまだ痛みが残っていたみたいだけど。エリス
と風さんのおかげだって感謝していたぜ」
マクベスは答えた。
「あら、当然のことをしたまでよ」
エリスは言った。
彼女が怪我人を放っておけない性格であることは、
メフィストもマクベスもよく知っている。
「それにしても、厄介なことになったな」
マクベスの言葉に、
メフィストもエリスもうなずいた。
「ゲルマン教授がこっちに来ているらしいってことはライズさんから聞いていたけど、あ
んなことになると現実味を帯びてきたと思わざるを得ないよ」
「ええ。ゲルマン教授の話はメフィストから聞かされていたけど、まさか人間が人間では
なくなるなんて・・・」
「それは俺も考えたんだ、エリス」
マクベスは、苦々しい表情で言った。
「蜘蛛のように這って歩いている人を見たとき、俺はこの人は人間じゃなくなるんじゃな
いかって本気で思ったよ。正直言って、ぞっとしたんだ。前々からの情報でゲルマン教授
の仕業らしいってことはわかっていたが、あんなものを見せられたら止めなければならな
いって思った。なんだか喧嘩を売られたみたいな気がしてきた」
「ダナエ王に、喧嘩を売ったというわけか」
メフィストが言った。
「お前は何とも思わないのか」
マクベスは訊いた。
「そんなこと・・・僕だって許せないよ。それにあのカビのこともあるし」
メフィストは答えた。
「大空教授が発見したっていうあのカビか」
マクベスも、世界科学雑誌を見て知っていた。
「それにしても、すごいタイミングだな。お前があのカビのことを話題にしたときにゲル
マン教授がこっちに来るなんて」
「何かの縁かもしれない」
メフィストはため息交じりに言った。
「だけど、ゲルマン教授を見たって人はいないのよ。どういうわけか」
エリスの言うとおりだ。
城下町の人々が、
ゲルマン教授の顔を知らないならば、それまでである。
教授の顔写真が、
世界科学雑誌に掲載されたこともあるが、
それもかなり前の話だ。
顔を忘れられていてもおかしくない。
そんな中で、
ゲルマン教授のアジトを見つけるのは至難の業だと
マクベスは思っていた。
そう、マクベスもゲルマン教授のアジトを探っているのだ。
彼自身、ゲルマン教授が許せなかった。
過去のこともあるし、現在のこともある。
エボリとマクロスが会った男は、
ゲルマン教授と何らかの関係があるということがわかった。
つまり、蜘蛛のように這う人間は
ゲルマン教授と関係があるということだ。
新聞記事の内容から、
男と蜘蛛のように這う人間たちには
ちゃんと関係があったことがわかった。
それから考えても、
何かしらの接点はある。
蜘蛛のように這っていた人たちは、若返りたかった。
ゲルマン教授は、若返りの秘法を研究していた。
状況は合っている。
「これで蜘蛛のように這う人はいなくなるだろう。だが事件は終わりじゃない。きっと、
また何かが・・・」
マクベスが言うと、
メフィストもエリスも納得した。
「やっぱり、大元を見つけ出さないとな」
「確かに、このままだと、どうなるかわからないわ」

同じ頃、盗賊ギルドでは
「おや?」
チェックメイトは、来客に気づいた。
「いらっしゃいませ」
その来客は、銀色の髪の男性だった。
「すみません、こちらで依頼を出せますか」
男性は訊いた。
「はい、こちらで受け付けております」
チェックメイトは答えた。
「それでは、お願いしたいことがあるのですが」
「承知いたしました。それではこの依頼書に必要事項をお書きください。依頼を遂行する
に当たり、必要な書類がある場合はその提出もお願いいたします」
「わかりました」
男性は、チェックメイトから渡された依頼書に
手早く依頼内容を書いていった。
その内容を見て、チェックメイトは目を見開いた。
(まさかスターダンス教授よりも先に、こんな依頼が・・・)

6.早すぎる依頼

「ゲルマン教授に関する依頼が来た」
マクロスとプリンスは、同時に叫んだ。
「若、落ち着いてください」
風がたしなめた。
「落ち着いていられるか。こんなに早く来るとは思わなかったぜ」
プリンスは、
ゲルマン教授をやっつけたいと思っているようだ。
「で、具体的なことは何かわかっているんですか」
セブンが訊いた。
「・・・それが」
チェックメイトは、どこか戸惑っている。
加奈は、何かあると直感した。
「チェックメイトさん、依頼書を見せてもらえませんか」
「いいですよ、加奈様」
カウンターの下から依頼書を出した。
現在の盗賊ギルドには、
チェックメイトの他には
ロストメモリーズ2のメンバーしかいない。
プリンスの発案で、
突発的に?作られたこのグループのメンバーは
発案者の他にマクロスと加奈と風とセブンの五人である。
加奈は、依頼書を受け取った。
そこには、こう書かれていた。

ゲルマン教授の研究資料を奪って欲しい
ゲルマン教授の野望を阻止するため
彼の研究資料を手に入れたい
科学界から完全に彼を追放するために必要なのだ
報酬は現金で出そう
(本郷寺)

「これ・・・だけですか」
加奈は訊いた。
「そうです、それだけです」
チェックメイトは肯定した。
「チェックメイトさんが疑問に思うのも無理はありませんね」
加奈の隣で、依頼書を見ていたマクロスが言った。
「関連の資料はありませんか」
「全くないんですよ、マクロス様」
チェックメイトの答えに、一同は驚くしかなかった。
「つまり、ノーヒントで見つけ出せと」
プリンスが訊いた。
「そういうことでしょうね」
チェックメイトは、ため息交じりに言った。
「ところで、本郷寺というのが依頼人の名前ですかね」
風が訊いた。
「そうです。名前を伏せて欲しいと言われなかっただけ、ましだと思いますが」
チェックメイトは答えた。
「この辺りの人ではありませんね」
セブンが言った。
「確かに、この名前は聞いたことがありません」
チェックメイトはうなずいた。
「ということは、他の地域の奴からの依頼か。ギルドではそういう依頼も受け付けるんだ
な」
プリンスは、ちょっと感心しているようだ。
以前にも別の地域の依頼で、
ダナエ城の盾を怪盗MRDが盗み出し、
元の持ち主に返還したことがある。
「で、連絡先は」
マクロスが訊いた。
「宿屋の並木道になっています。しばらくの間は滞在しているそうです」
チェックメイトの答えに、
エウテルペに住んでいる人の依頼ではないと確信できた。
「よその人で、わざわざこちらに依頼を出してくるとは、よほど切羽詰まっているのでし
ょう」
風が言った。
「そりゃそうだろ。ターゲットがゲルマン教授なんだからな」
プリンスが言った。
「ゲルマン教授はどこ」
セブンが訊いた。
「関連資料がないということは、自力で捜せということなんでしょうね」
加奈が言った。
「盗賊なら、ターゲットの居場所も簡単に捜せるとでも思っているんだろう。 まったく
、なにを考えているんだ」
プリンスはぶっきらぼうに言った。
「俺たちは盗賊だ。探偵じゃねぇ」
「探偵がどうかしましたか」
第三者の声がした。
「やあ、トロス君」
マクロスは、その人物の名を口にした。
トロス・ブライアン・エウテルペ。
エウテルペ王国第三の王子で
エウテルペ探偵団の一員である。
金髪に茶色い瞳を持ち、
腰には長剣が収められたさやがある。
トロスは、まだ十代だが、
剣の腕前は超一流だ。
彼にかなうものは、
数えるほどしかいないとされている。
「おー、トロス・ブライアン。そういえばエウテルペ探偵団はゲルマン教授について調べ
ていたんだよな」
プリンスが訊いた。
「はい、ライズさんの頼みで。まあ、依頼人はスターダンス教授ですが」
トロスは答えた。
「トロスさん、ゲルマン教授の居場所はわかりましたか」
風が訊いた。
「いいえ、まださっぱり。もしかしてゲルマン教授に関する依頼が出たんですか」
トロスは答え、訊き返した。
「はい。ですが、スターダンス教授からの依頼じゃないんですよ」
セブンの言葉に、トロスは驚いた。
「どういうことですか」
「チェックメイトさん、依頼書をトロス君に見せてもいいでしょう」
「そうですね。この際、いいでしょう」
チェックメイトは、加奈の提案を許可した。
「実は、こんな依頼が出たの」
加奈はそう言って、あの依頼書をトロスに見せた。
「ありがとう、加奈ちゃん」
トロスは、依頼書を加奈から受け取ると
その内容に目を通した。
そして、依頼人の名前を見たとき何やら思いだした。
「本郷寺か」
「知っているの」
加奈が訊いた。
「うん。たぶん、あの人だと思う」
トロスはそういうと、
ついさっき城下町で見た光景のことを説明した。

トロスが盗賊ギルドに顔を出す少し前のこと。
彼は、ゲルマン教授の情報を集めるべく
エウテルペ城下町を探索していた。
とはいっても、手がかりがまるでない。
でも、道行く人々にゲルマン教授を知りませんかと
片っ端から訊くのは意味がないと思っていた。
蜘蛛のように這って歩いていた人に、
ゲルマン教授と連絡を取っていたか訊くという話が
エウテルペ探偵団の中で持ち上がった。
その案を実行するのはエボリになった。
警察署の人間と、
いちばん仲がいいのはエボリである。
警察側の情報をすぐに入手できる。
なので、エボリに任せることにした。
だが、トロスはあまり期待していなかった。
報道によれば、
ゲルマン教授の実験台にされていたらしい男性は、
なぜそうなったのか全く覚えていないという。
ゲルマン教授と連絡を取り合った事実があったとしても、
そのことを覚えていない。
わかっているのは、
実験台になった人たちに、
若返りたいという願望があったということくらい。
マクロスたちが見たという男は、
未だに口を割らないという。
自分が何か悪いことをしたのか、
と開き直っているらしい。
男が、実験台になった人々に何かしたという証拠は
どこにも上がっていないのだ。
「ん?」
トロスは、
エウテルペ中央公園の入り口に
人だかりが出来ているのを見た。
「号外だよ」
新聞社の社員が、号外を配っている。
トロスも、そちらへ行き新聞の号外をもらった。
見出しはこう書かれている。
[謎の男を正式に逮捕! エボリ・ウイング・エウテルペ王子殺人未遂の疑い]
やっぱりこうなったか。
トロスは、そう思わずにはいられなかった。
男が、ゲルマン教授について口を割らないのは確かである。
これでは、ゲルマン教授と関係があるという証拠がない。
実験に参加していたという証拠にもならない。
人体実験は、エウテルペにおいて
重罪と指定されている。
証拠が挙がらないのだから、
男を人体実験の罪で逮捕することはできない。
だが、エボリを撃ったのは紛れもない事実である。
本人が殺意はなかったと言っていても、
あのとき確かにエボリを狙っていた。
エボリを撃とうとしていたのは事実。
撃ったのもまた事実。
王族を殺そうとすることがどういうことなのか、
男は取調べの中でようやく身にしみてわかったらしい。
ただでは、警察署を出られないということだ。
トロスは、号外に一通り目を通すと
それをショルダーバッグの中に入れた。
しばらく歩くと、また人だかりが出来ていた。
今度は、号外ではない。
「あの、どうしたんですか」
トロスは、集まっている人に訊いた。
「あ、トロス君。あの二人が、さっきから口論しているんだよ」
その人は、とある二人組を指差して教えてくれた。
二人は、
「一体どういうつもりよ、隊長。盗賊に頼るなんて」
「いいじゃないか、明日香。利用できる場合は利用するのだ」
「私がいるじゃないのよ。それなのに、どうして得体の知れない盗賊に頼むのよ」
「得体の知れないとは人聞きが悪いな。この国の盗賊は盗賊協会によって管理された立派
な職業だぞ。国にも認められているんだ。きっと頼りになる」
「だからって、私たちの問題を赤の他人に押し付けてはだめ」
「何を言っているんだ。盗賊に頼むのはゲルマン教授の居場所をつきとめてもらうことと
、研究の関連資料を盗み出すことだ。詰めの仕事は我々の役割だ」
「まったく、何考えてるのよ。教授の居場所を突き止めるのも資料を手に入れるのも私た
ちの仕事でしょう。ゲルマン教授がエウテルペ王国にいるっていうから、ついてきてあげ
たのにエウテルペ王国にいるとしかわからないなんて。具体的な場所まではわからないな
んて、エウテルペ王国がどれだけ広いかわかっているの」
「そ、それはだな・・・」
「エウテルペ王国は、国土を4分割して北側、南側、東側、西側って呼ばれているんでし
ょう。エウテルペ城下町やエウテルペ城があるのは北側でダナエ王国に近い地域よ。この
辺りは北側。この北側のどこかにゲルマン教授がいれば、ちょっとは楽に捜せるかもしれ
ないけど、南側だったらどうする。ここから南側まで三日はかかるっていうじゃないのよ

「お、落ち着け、明日香」
「落ち着いていられるものですか。何を根拠に北側にゲルマン教授が潜伏しているってい
う結論にたどり着いたのよ」
「蜘蛛のように這って歩く人間だ。それはこの北側で目撃されたというじゃないか。だか
らゲルマン教授はこの辺りにいるはず」
「何言ってるのよ。実験に手を出したのは部下だけで、本人は南側っていう可能性もある
のよ」
「いや、それは・・・」
「ないなんて、絶対に言い切れないわよ、本郷寺隊長」
本郷寺隊長と呼ばれた人物は、
銀色の髪が特徴的だ。
明日香と呼ばれた人物は、
濃い桃色の瞳が特徴的だ。
明日香と呼ばれた女性が、
かなりの勢いで本郷寺隊長に詰め寄っている。
会話の内容からして、
どうやらゲルマン教授を捜しにきたらしい。
ということは、ゲルマン教授の関係者だろうか。
関係者の割には、
どこかゲルマン教授のことを嫌っているような口ぶりである。
ゲルマン教授と対立している人なのかもしれない。
いずれにしろ、本郷寺隊長と明日香が、
ゲルマン教授を捜していることだけは事実のようだ。
そして、蜘蛛のように這っていた人物は
ゲルマン教授と何か関係があるらしい。
トロスは、ふと、
マクロスたちも
ゲルマン教授について調べていることを思い出した。
二人の口論の内容を忘れないうちに、
盗賊ギルドに行くことにしたのである。

「なるほど、ゲルマン教授を捜しているのはスターダンス教授だけではなかったというこ
とですね」
トロスの話を聞いて、風が言った。
「少なくとも、二人はいたということですか。そして、それが本郷寺隊長と明日香という
人物であると」
セブンも言う。
「問題は、この依頼を引き受けるかどうかだな」
マクロスはそう言って、依頼書に目をやった。
「マクロスさん、なんだか気乗りしないみたいですね」
加奈が言った。
「うん。不確定要素が多すぎる。ゲルマン教授の居場所がわかっていない。それにゲルマ
ン教授の目的が何なのかもわかっていない。ただ若返りの秘法を完成させたいだけじゃな
いような気がするんだ。確かに人体実験は重罪だ。人体実験をやっていることが表に出た
ら、ただじゃすまないというのは目に見えている。だから姿を隠しているとも説明できる
んだけど。どうも引っかかるんだよな」
そうなのだ。
マクロスは、前々から気になっていた。
スターが、どうして必死になって
ゲルマン教授のことを調べてくれと
警察署にもエウテルペ探偵団にも伝えたのか。
人体実験を食い止めるためだ、
と言われればそれまでである。
だが、他にも理由がある気がしてならない。
それに、蜘蛛のように這って歩く人間が出たというだけで
ゲルマン教授の仕業だということがわかったらしい。
よくよく考えたら、
ゲルマン教授の名前を最初に出したのは
スターではなかったか。
メフィストの話からすると、
ゲルマン教授は、科学界を追放されたらしい。
もう一度、科学界に復帰するためには
人体実験は避けなければいけないはずだ。
それなのに、なぜしているのか。
なぜ、よりによってエウテルペに来たのか。
危険を冒してまで、なぜエウテルペに・・・。
「よし」
プリンスが口を開いた。
「これは俺が引き受ける」
マクロスは驚いて、プリンスのほうを向いた。
「この依頼を引き受ければ、妙な口論をしていた本郷寺隊長と明日香に接触できるだろう
。ここからゲルマン教授に関する切り口を見つけ出せばいい。当然、やばい依頼だったら
すぐに手を引く」
「それもそうだな」
マクロスは納得した。
「ゲルマン教授は、かなりの危険人物のようですね」
チェックメイトが言った。
「いざとなれば、ロストメモリーズ2が活動開始ですか」
トロスが訊いた。
「今回も、すでに活動が決まったような気がします」
セブンがそう言っていた。
マクロスも、そんな気がしていた。
ゲルマン教授に関することで、
ロストメモリーズ2が活動することになる、
そんな予感がした。

7.宇宙の力

翌日、宿屋並木道のとある一室にてー
「君が、私の依頼を引き受けてくれるんだね」
本郷寺は、プリンスに向かって言った。
「ああ」
プリンスは、うなずいた。
「では、早速本題に入りたいんだが」
話題を切り出そうとする本郷寺を、プリンスは遮った。
「最初に、こちらの条件を言おう」
「報酬のことか」
本郷寺がいう。
「いや、違う」
プリンスは、報酬のことは重要ではないと思っていた。
ただ働きはだめだが、
今回の事件はもっと重大なものがあると思っていた。
「条件っていうのは、依頼を引き受ける前の条件と、依頼遂行中のときの条件だ」
プリンスはそう言うと、
一息ついてから話し出した。
「まず、今回の依頼は、かなりやばい依頼だと個人的に思っている」
「なぜそう思うのかね」
本郷寺の問いに、プリンスは即答した。
「ゲルマン教授に関する依頼だからだ」
「ほう。ゲルマン教授が絡んでいるから危険だと」
「そうだ。ゲルマン教授は科学界から追放された経歴の持ち主だよな。そんな奴を相手に
するんだからな」
プリンスは、
風からメフィストの話を伝えられている。
「俺の言いたいことだが、まず引き受ける前の条件だ。こちらが聞きたいことはわかる限
り全部答えてくれ。隠し事はなしだぞ」
プリンスは、真剣なまなざしで本郷寺に言った。
「わかった」
本郷寺は、しばらく考えた後にそう返事した。
「そして、俺が引き受けた後の条件だ。実は俺がひとりで引き受けるわけじゃない」
「な、何だって」
「やばい依頼は、普通はひとりでは引き受けない。複数で引き受けるのが普通だ。今回は
複数で引き受ける。俺は代表して話を聞きに来たんだ。この意味がわかるか」
「君のほかにも、私が話したことが伝えられると」
「そうだ。それを了承してもらわなければならない。それが嫌なら何も話さなくていい。
ただし、俺は依頼を放棄する。蜘蛛のように這って歩く人間の事件のせいで、ゲルマン教
授に関わる依頼を引き受ける盗賊は他にはいないだろう」
「なぜ、蜘蛛のように這って歩く人間がゲルマン教授と関係があるとわかったんだ」
本郷寺のこの言葉を聞いたとき、
マクロスがおかしいと思ったのがよくわかった。
普通、蜘蛛のように這って歩く人間が出ても
その存在だけが騒ぎになって、
裏で手を引いている奴のことなんか
最初は気にも留めないはずだ。
まずは蜘蛛のように這って歩く人間のほうが
インパクトが強すぎて、
そっちを何とかしなければならないと思うだろう。
なのに、スターダンス教授は、
蜘蛛のように這って歩く人間が出たとわかっただけで、
それがゲルマン教授の仕業だと見抜いた。
何の迷いもなくだ。
それだけ、
ゲルマン教授がやばい研究をしていることで
有名だったということだ。
一般人が蜘蛛のように這って歩く人間と
ゲルマン教授を結び付けられるわけがない。
懸念は、他にもやばい研究をやっているかもしれない。
「情報源があったんだよ」
プリンスはそう答えておいた。
「情報源」
「スター・スターダンス教授だ」
プリンスが出したこの名前に、本郷寺は目を見開いた。
「スター・スターダンス教授」
プリンスは、冗談抜きで驚いた。
本郷寺をかなり驚かせたようである。
「エウテルペ大学工学部で、地質学の教授をやっている」
「すると、このエウテルペ城下町に住んでいるのだな」
本郷寺はいう。
「そうだ」
プリンスがうなずく。
「やはり、ゲルマン教授はこの城下町のどこかにいる」
かなり力が入った本郷寺に、
プリンスは冷静に訊いた。
「なぜ、そう断言できるんだ」
そう、プリンスはこれが訊きたかった。
訊きたかったのは、
なぜ依頼を出したのかということである。
遠方からギルドに出したということは、
この辺りに
ゲルマン教授がいることを知っていた。
だが、肝心の居場所がわからなかったので
それを盗賊たちに探させ、
ついでに資料を盗んでもらうという寸法だろう。
「スターダンス教授がいるからだ」
「そんな答えじゃわからない」
本郷寺の答えに、プリンスは冷静に突っ込みを入れた。
「では、星士がいるからだと言ったらどうする」
「は?」

マクロスは、
魔王と共にエウテルペ大学工学部を訪れていた。
「魔王」
「何でしょう」
「俺が、ここへ通いたいなんて言っていたら、どうしてた」
「どうしたんですか、マクロス様」
「いや。俺は学歴から考えたら中卒だろう。義務教育の学習が終わったら、それより上の
高等教育とかいうものは受けてない。まあ、俺は独学でダナエの歴史と経済事情とか貴族
の家系とか嫌でも覚えなければならない国務の関係は学んだ。だが、学校っていうものに
は通っていないからな。高校も大学も行きたいと思わなかったから行かなかった。だけど
、本当は行きたいと思わなかったというよりも行き方を知らなかったと言ったほうが正し
いかもしれないな」
「なるほど。マクロス様は家庭教師に勉強を教わって、それっきりでしたね。ご進学のこ
とが話題に上がったら、お考えになっていましたか」
「どうだろうな。勉強なんか嫌だとか思ってたけど、スターさんの授業は受けてみたいと
思った。スターさんを目当てにここへ通うっていうのもへんだけどな」
「私が教会図書館で聞いた話によりますと、そういう方もいるみたいですよ」
「ほう。スターさんを目当てにか」
「はい。エウテルペ大学工学部を志望した理由として、スターダンス教授の講義が目当て
だという方も多いと聞きます」
「そうだったのか。スターさん人気あるな」
「ですね」
二人は、そんな話をしながら建物の中に入っていった。
いま、スター・スターダンス教授は講義中だというが、
その助手であり秘書であり息子でもある
ライジン・スターダンスは研究室にいると、
受付の事務員から教えられた。
マクロスは事前に、
こちらへ来ることを伝えてある。
研究室に行っても問題はないとのことだったので、
マクロスと魔王はスターダンス研究室を目指した。
「研究室って、確か3階だよな」
「そうですが」
「で、3階のどこだ」
「え、地質学関連のフロアは南側で・・・あ、ここに案内板が」
「それは助かった」
なんとか、案内板を見つけることができたため
迷子になるということはなかった。
「まさか、二十三にもなって、迷子になりそうとはね」
「私もこの歳になって迷子になりかけたということですか・・・」
やっとの思いで、
スター・スターダンス教授の研究室にたどり着いた
マクロスと魔王は扉の前で一呼吸置いた。
そして、マクロスが扉を叩いた。
「どうぞ」
部屋の中から、ライズの声が聞こえた。
「失礼します」
二人は研究室に入った。
「マクロス君と魔王さん、いらっしゃい」
ライズは、二人を出迎えた。
「飲み物を用意するよ」
「お構いなく」
マクロスはライズに言ったが、
ライズは、アイスコーヒーを用意してくれた。
「どうもありがとうございます」
マクロスも魔王も、ライズに礼を言った。
「どういたしまして。ところで用件は」
「はっきり言います。ゲルマン教授のことですよ」
ライズは首をかしげた。
「マクロス様は、スターダンス教授のことを疑っておられるわけではありませんが、どう
も解せないところがあるとおっしゃっています」
魔王が言った。
マクロスがライズに直接言うのは抵抗があると
判断したためである。
「どういうことですか、魔王さん」
当然ながら、ライズにはわからなかった。
マクロスは、昨日にギルドで論じたことを
魔王とマクベスにも話してある。
また、マクロスの話を聞いていたトロスは
運命とエボリと林と
妹のミルテ・ヴェガ・エウテルペにも話している。
「スターダンス教授は、蜘蛛のように這って歩く人間が現れたと聞いただけで、それがゲ
ルマン教授の仕業だとおっしゃったんですよね」
魔王は、確かめるように聞いた。
「そうです」
ライズは肯定した。
「どうして、それがゲルマン教授の仕業だとすぐにわかったのですか」
「ゲルマン教授が人体実験をしていたという前例があったからではないですか」
ライズは、自分で魔王に答えておきながら、
腑に落ちないものを感じていた。
それは、
なぜ父親はわかったのだろうかという疑問。
ゲルマン教授は、
蜘蛛のように這って歩くことではなくて
若返りの秘法の研究をしていたという話だ。
その秘法の成果が、
蜘蛛のように這って歩くこととなってしまった。
と、考えるのが普通である。
だが、報道では
若返りの秘法という言葉は一度も出てこなかった。
出てきたのは、発砲事件の男が逮捕された後だ。
しかし、科学者からすれば
ゲルマン教授と結び付けられるのは
蜘蛛のように這って歩く人間ではなく、
若返りの秘法のはずである。
その副作用が蜘蛛のように這って歩く人間だとは、
あのときは誰も知らなかったはずだ。
「人体実験でも、蜘蛛のように這って歩く人間が現れるとは限らないでしょう」
今度は、マクロスが言った。
「確かに。父さんは一体どうして・・・」
ライズがこう言いかけたとき、扉が開いた。
「それは俺から説明する」
「父さん」
「スターさん」
「スターダンス教授」
ライズ、マクロス、魔王が同時に名を呼んだ。
「ライズもマクロス王子も魔王さんも落ち着いてくれ。確かに詳しい話をしなかった俺が
悪かった」
スターはそう言って、マクロスと魔王に頭を下げた。
「あ、べつに俺は」
「私も、謝られなくて結構ですよ」
マクロスも魔王も、スターに頭を上げるよう促した。
スターは、研究室の自分のいすに座った。
そして、話し始めた。
「ゲルマン教授の話は、メフィストさんから聞いていると思うが、科学界から追放された
男だ。人体実験をやった罪でな。その人体実験の副作用が蜘蛛のように這って歩く人間だ
った」
「だから、蜘蛛のように這って歩く人間が現れてそれがゲルマン教授の仕業だと」
「ああ、ライズ。蜘蛛のように這って歩く人間はゲルマン教授が実験を行なった後に現れ
ることが多い。他にも人体実験は何件か報告されている。だが、他の奴がやった人体実験
はどれも蜘蛛のように這って歩く人間が現れたということはない。それ以外の副作用は起
こっていたがな。だから俺はこの事件を知ったとき、すぐにゲルマン教授のことを警察や
王家に知らせなければならないと思った」
「それだけですか」
「・・・さすがだね、マクロス王子」
マクロスの言葉に、スターはため息をついた。
「すると、他にも何か」
魔王が訊いた。
「そうだ」
スターはうなずいた。
魔王は、
スターの言葉遣いは全く気にしていなかった。
ダナエでは、年上の人間に対して
丁寧な言葉で話すのは当たり前である。
聖戦士は、王族の次に偉い立場なのだ。
だが、そういった文化が
外国人のスターに当てはまるとは限らない。
「ゲルマン教授の研究は、ひとつだけじゃない」
スターの口調には、どこか恐ろしい響きがあった。
その言葉を聞いたマクロスの脳裏に嫌な予感がよぎる。
「すると、また別の研究が」
やっとの思いで、マクロスはそう訊いた。
「そう。宇宙を操る研究だ」
そんな研究があるとは思っていなかった。
宇宙へ出るという計画は知っていた。
だが、どうやったらそんなことができるのか。
そこまでは、マクロスは知らなかった。
宇宙へ出ることもできないのに、
その宇宙を操るとはどういうことなのか。
「正確に言うと、星を操るだな」
スターの顔色が悪い気がする。
「星を操る?」
マクロスは、まさかと思った。
「スターさん、まさかとは思いますけどゲルマン教授の実験に参加したことがあるとか」
「いや、マクロス王子。俺は一切協力していない。ただ・・・」
スターは、一息置いて言った。
「協力依頼が来たのは確かだ」
「じゃあ…ゲルマン教授は星士の力を欲していた、とか」
魔王の言葉に、スターはうなずいた。
「そういうことだ。星士は、星の力を自らの力とすることができる唯一の種族だ。人間に
も星の力を借りて魔法を使うことができる者がいるが完璧に出来ているわけじゃない。星
の力を最大限に引き出せるのは、星士だけだ」
「つまり父さんは、その力をゲルマン教授に見込まれたと」
「そうかもな」
ライズの言葉を、スターは否定しなかった。
「ゲルマン教授は、星士の力があれば星を操れるとでも思ったらしい。いくら星士でも、
星を自由に操ることはできない。星の力を借りることはできてもな」
「その研究を良いことに使おうとしていたのでしょうか」
魔王が訊いた。
「いや。ゲルマン教授はとんでもないことに星を操る力を使おうとしていたと、ゲルマン
教授のもとにいた人物は言っていた」
「どんな」
マクロスは訊いてみた。
スターの告白は恐ろしいものだった。
「宇宙の力で、この星を征服するという計画だ」

8.事の粗筋

その日の午後、
マクロスとプリンスは
盗賊ギルドのロビーにいた。
今までの事を整理して考えるためだ。
だが、二人とも口を開くことができなかった。
しばらくして、プリンスが口を開いた。
「魔王さんは」
「スターさんから聞いたことを父さんたちに伝えている。おそらく竹原博士やフユさんに
も話しているだろう」
マクロスは答えた。
声が震えていることは自分でもわかった。
「スターダンス教授は何を話したんだ」
「・・・」
「そうだな。よし、俺から話そう」
プリンスは、本郷寺から聞いてきた話を始めた。
ゲルマン教授は、もともと東洋の国にいた。
その国にいたときから、人体実験をやっていた。
若返りの秘法を研究するためだが、
実験台になった人々は
蜘蛛のように這って歩く人間へと変わった。
その不穏な動きを科学界の人が察知。
科学界は、ゲルマン教授に追放の宣告をした。
以来、ゲルマン教授は東洋の国から姿を消した。
若返りの秘法を研究するに当たり、
ひとつだけ
その可能性がある物質を
ゲルマン教授は見出していた。
それが、大空教授が発見した新種のカビだった。
カビを改良すれば、
若返りの秘法になると思った。
ゲルマン教授は以前に、
大空教授の研究施設にいた。
目的は、カビのデータを手に入れることだった。
新種のカビのデータは、
普通の鍵付きの棚に保管されていた。
あるとき、カビのデータが紛失した。
ゲルマン教授が研究所を出た直後だった。
そのカビのデータを取り戻すというのが、
本郷寺たちの目的だった。
ゲルマン教授と敵対している本郷寺たちは、
科学界の秩序を守るために活動していた。
ゲルマン教授は、
追放された後でも人体実験を繰り返していた。
エウテルペ城下町で、
蜘蛛のように這って歩く人間が再び現れた。
本郷寺は、仲間の大空明日香を連れて
エウテルペ城下町にやってきた。
ゲルマン教授の居場所を捜すために、
盗賊たちに資料を盗んで欲しいと依頼した。
「・・・ここまでが俺の話だ」
プリンスは話を締めくくった。
「なあ、大空明日香って」
マクロスは、思いついた。
「さすがだな。そうだよ、大空明日香は、大空教授の娘だ」
プリンスはうなずいた。
「そうか。じゃあ、父親の研究データを持ち去ったゲルマン教授が許せないと思っている
のかもな」
「そうでなかったら、大空明日香は仲間に入っていなかっただろうな」
マクロスの推測に、プリンスは納得した。
「それじゃあ、俺がスターさんから聞いた話をするよ」
マクロスは、やっと話せると思った。
プリンスの話を聞くまでは、
とても話せるような状態ではなかった。
スターから、
あんな恐ろしい計画を話されるなんて
思ってもいなかったのだ。
「どうやら、今回は本当に危険な依頼らしい」
マクロスは、そう言ってから話し始めた。
ゲルマン教授の研究は、
若返りの秘法だけではなく、
もうひとつ別の研究もあった。
研究というのは、
宇宙を操り世界を征服することだった。
ここでいう世界とは、
この星のことではなく
宇宙全体のことではないかとスターも言っていた。
ゲルマン教授は、
ひとつの可能性を考えていた。
それが、星士の利用だった。
ノーストリリアの民が生み出した種族が星士で、
星の力を命の糧にしていた種族だった。
星士が使う占星術は、
まさに星士の代名詞だった。
星士は、昼夜を関係なく占星術が使えた。
星の光が連続的に敵に降り注ぎ、
ダメージを与えるという大技だった。
マクロスもプリンスも、
その威力は昨年の夏に実感していた。
精神世界に巣食う魔人・魔斗を倒すときに、
スターダンス一家が使った技が占星術だった。
ゲルマン教授は、そこに目をつけた。
星士を従えれば、
世界征服は可能だと企てた。
星士自身を研究し、星士の力を利用し、
宇宙を支配する魂胆だった。
現在、星士の数は激減していた。
エウテルペ王国の中で、
星士は
ライズの娘を含む三人だけだった。
ゲルマン教授は、
エウテルペ城下町に目をつけた。
スター、ライズ、ラアラを、
実験に引き込む可能性があった。
スターを実験に引き込もうとして、
断られたという過去があった。
そんな危機感があったからこそ、
スターは警察や盗賊協会に
依頼を出すことを決意した。
「だから、本当にやばい奴なんだ。スターさんやライズさんやラアラちゃんが、ゲルマン
教授の手にかかったらと考えると・・・」
マクロスは、少々冷静さを欠いてしまったようだが、
プリンスにもその気持ちはよくわかった。
「つまり、俺たちは引き受けたくなくても、引き受けなければならない立場に立たされた
ってことだな」
プリンスは言った。
「今回ばかりは、もう後戻りできないだろう。他に引き受ける人がいるとは限らないし」
マクロスも言う。
不確定要素が多いから引き受けないという信条は
通用しないということだ。
「で、ゲルマン教授の居場所は」
マクロスは訊いた。
「居場所まではわからないってさ。この近くに住んでいる可能性はあるってことだ」
プリンスは答えた。
「それなら、もうわかってますよ」
突然、話に加わってきた者がいた。
「おい、加奈。学校はもう終わったのか」
「はい」
プリンスの問いかけに、加奈はうなずいた。
「加奈ちゃん。ゲルマン教授の居場所って」
マクロスが訊いた。
「それが・・・」
加奈は、言うのをためらっている。
「なんだ。まさか、エウテルペ城に潜入していたんじゃないだろうな」
プリンスのこの言葉に、
マクロスは、考えられなくはないと思った。
よくよく考えたら、
マクロスはゲルマン教授の顔を知らない。
エウテルペ城の使用人の中に
ゲルマン教授が紛れ込んでいても
マクロスは気づかないだろう。
「いいえ、そんなことはないわ」
加奈は否定した。
「じゃあ何だ。まさかエウテルペ大学工学部に潜入していたとか」
「それもないわ。スターさんにすぐに気づかれますよ」
「そうだな」
プリンスは、納得した。
「ならば、プリンスや加奈ちゃんたちが住んでいるアパートとか」
マクロスが訊いた。
「大丈夫、それもないです」
加奈は否定した。
「それじゃ、どこだっていうんだよ」
プリンスが訊いた。
だが、加奈が答えるよりも先に
マクロスが答えを言った。
「モルグ・ホームタウンの隠れ家だな」
モルグ・ホームタウン。
ダナエ王国の人間で、
聖戦士・祖国の兄でモルグ・ベルグの名を名乗って
人々を脅して大金を巻き上げ、
それで生活していた人物だ。
実家から勘当されたばかりでなく、
マクロスの命により、ダナエから追放された。
そんな奴がエウテルペ城下町で
脅しのために拠点を置いていたところに、
今度はゲルマン教授が住んでいるというのか。
「そうです」
加奈は、重々しく言った。
「でも、なんでわかったんだよ。お前、ゲルマン教授の顔なんか知らないだろう」
プリンスのこの問いに、加奈は即答した。
「ロビン子爵を頼ったんです。得体の知れない人物を相手にするときはロビン子爵を頼る
のがいちばんですよ」
加奈の答えに、マクロスもプリンスも納得した。
マクロスは、
ロビン子爵が絡んでいるのではないかと勘ぐっていた。
猫人の貴族であるロビン子爵は、、
盗賊でありながら
同時に情報屋でもある。
情報屋なのだから、
ゲルマン教授のことも
頼めば調べてもらえるに違いない。
また、加奈の育ての親とも言える。
だが、ロビン子爵の情報源がどのようになっているかは
加奈にもわからなかった。
いろいろと情報を仕入れてくるのだ。
「ロビン子爵って盗賊っていうよりは、盗賊の守護者みたいだな。いろいろな情報を提供
して、こっちを少しでも有利にしてくれるというような、そんな感じだな」
プリンスが言った。
これには、マクロスも加奈もうなずいた。
「それに、俺はロビン子爵には一度も会ったことがない」
マクロスは言った。
盗賊になってからというもの、
ロビン子爵本人に会ったことがないのだ。
写真だけなら盗賊ギルドのロビーにあるので、
顔は知っている。
ロビン子爵は、
盗賊協会設立メンバーのひとりである。
「本当に守護者ね、ロビン子爵は」
加奈も言う。
ロビン子爵が表に出てこないところを考えると、
やはり、守護者と思えるのだろう。
「さて、これからどうする」
マクロスが訊いた。
「今回は、より慎重に行動しないといけないな」
プリンスが言った。
「入念に作戦を練りましょう。それに、研究資料を盗み出しただけではこの事件は終わら
ない気がするし」
加奈の言葉は、マクロスもプリンスも否定できなかった。

9.隠れ家

翌日は、よく晴れていた。
このまま夜まで晴れていてくれれば、
きっと綺麗な星空が見られるだろう。
その星空が、敵になるかもしれない。
(ここにゲルマン教授が・・・)
マクロスは、
モルグ・ホームタウンの隠れ家を見ていた。
現在、ここは廃屋という扱いになっている。
だが、誰かが隠れ住んでいてもおかしくはない。
マクロスは、下見に来ていた。
いや、下見というよりも
様子を見に来たと言ったほうがいい。
今回は、侵入ルートを考えるというよりは、
現在はどんな様子なのかを確かめにきたのである。
人通りが昼間でも少ない、日当たりの悪い路地。
「マクロスさん」
エボリが声をかけてきた。
彼もまた、ゲルマン教授について調べている。
そして、恐ろしいことを知ってしまった。
マクロスに協力しないわけにはいかない。
そして、エボリは周辺を調べていた。
「エボリ君。何か変わったことは」
「今のところ、特には・・・」
エボリがそう答えたときだった。
なんと、廃屋の扉がガチャリと開いたのだ。
マクロスとエボリは、
近くにあったドラム缶の陰に隠れた。
建物から出てきたのは、
オレンジ色の髪の女性だった。
赤を基調とし、
前面は白地に赤い文字で[QT]と書かれた野球帽。
その女性は、手に何か持っている。
書類のようだ。
「待て、小娘」
続いて、建物から出てきたのは
体格のいい男だった。
男の制止など、女性は聞きそうにない。
表通りに向かって、女性は走っていく。
「追え」
男が、建物の中に向かって叫んだ。
すると、建物の中から黒ずくめの男が三人現れた。
三人とも、あの女性を追っていくようだ。
「マクロスさん、どうしますか」
エボリが訊いた。
「あの女性が持っていたものは、もしかしたら、こちらの目的のものかもしれない。俺は
あの女性を追ってみる。エボリ君はどうする」
「俺は、もう少しここにいます。ゲルマン教授が登場ということも考えられるし」
「よし、決まり」
マクロスは、少し間を置いてから
その場を後にした。
まだ建物の中にいる奴らに見られていたかもしれない。
マクロスはそう思った。
「さて、どうするかな」
残ったエボリは、ドアに注目していた。
ドアは開けられたままである。
しばらくして・・・。
建物から、一人の老人が出てきた。
白髪の老人だ。片眼鏡をつけている。
その人物に従うように、
若い男が建物の中から出てきた。
「教授、あの書類は」
若い男が言った。
「あれを持ち出されたら厄介だ。また、こちらへの手が伸びてくるだろう」
老人は教授と呼ばれているようだ。
「教授ってことは、あれがゲルマン教授なのか」
エボリは、やっと見つけたぞ
というような感覚にとらわれた。
「あいつらが取り戻してくれれば、問題はありませんね」
若い男は言った。
「そうだな」
老人のゲルマン教授は、どこか不安な様子だ。
「何か」
若い男の問いに、ゲルマン教授は答えた。
「まずは、あの小娘だ。あの小娘は自らをキューティーライダーと名乗っていたが、どこ
かで見たことがあるような気がする」
「他に気になることは」
「つぎに、金髪の男」
「金髪の男?」
金髪の男という言葉を聞いた瞬間、
エボリは硬直した。
「奴らがあの小娘を追っていくところを、金髪の男に見られた。しかも、金髪の男は小娘
たちの後を追った。そこから我々の研究が露呈するかもな」
「そんな・・・」
「ああ、敵が増えてきたようだ」
敵なら藍髪の男もいるぜ。
エボリは、そう心の中で叫んだ。
ゲルマン教授は、
マクロスの姿に狼狽しているようだ。
モルグ・ベルグ事件のときは
マクロスが来たことが裏目に出たが、
今回は逆の効果を生んでいる。
研究資料が表に出てしまえば、
もう立場はなくなるだろう。
「教授。ここまで来て若返りの秘法をあきらめるのですか」
若い男が、叫ぶように言った。
「まだ大丈夫だ。宇宙の計画はまだ捨てていない。あの計画さえ残れば、科学界の連中は
・・・いや、すべての生物が私に従うだろう」
ゲルマン教授は答えた。
声が震えているのは、気のせいだろうか。
「すると、書類の中身は若返りの秘法だな」
エボリは、少なくとも
ここでゲルマン教授を追い込むことは
難しいと思った。

赤帽の女性、
キューティーライダーは敵に囲まれていた。
「くっ」
キューティーライダーは、悔しそうな表情を浮かべた。
「さあ、その資料を返せ」
黒ずくめの男のひとりが叫ぶ。
残りのふたりは黙っている。
ここは、表通りで人通りも多い。
通りすがりの人々が、何事かと足を止めている。
プリンスも紛れ込んでいた。
「お前、本郷寺っていう男の仲間なのか」
人ごみの中から声がした。
「え、隊長を知っているの」
キューティーライダーが声に返す。
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう」
プリンスも人ごみに合流して、
マクロスの肩を叩いた。
「その黒ずくめの奴らは、かなり危険な奴らだ」
目の前の光景を指さし、
マクロスはプリンスに教えた。
「お前らはストーカーなのか」
プリンスが叫んだ。
黒ずくめの男たちは焦った。
「ストーカーは、エウテルペではかなり厳しく取り締まられているからな。お前ら、どう
なるかわかっているのか」
プリンスが訊いた。
「違う。我々はストーカーではない」
「じゃあ、何なんだ」
マクロスが、黒ずくめの男に訊いてみた。
「我々は、ゲルマン教授の部下だ」
瞬間、ここにいた一般の人々は凍りついた。
ゲルマン教授のことは
世間でも話題になっていた。
エボリが撃たれたという報道が流れてから、
撃った奴はゲルマン教授の部下らしいとか、
ゲルマン教授との仲介役をやっていてとか、
男性たちに若返りの秘法を渡していたとか、
いろいろな推測がなされていた。
蜘蛛のように這って歩く人間の現象については、
科学に詳しい人々の間では有名だった。
詳しくない人でも、
竹原博士やメフィストに問い合わせたという人もいる。
ゲルマン教授のことは、
すでに多くの人に知れ渡っていた。
また、エウテルペ探偵団が
ゲルマン教授のことを調べていることも
城下町の人々は知っていた。
探偵団が調べているのだから、
かなりの危険人物に違いないと誰もが思っていた。
「おい、警察に連絡だ」
「はい」
黒ずくめの男たちはその場を去った。

「なんだか、あっという間に解決しちまったな」
警察署からの帰り道、プリンスが言った。
「確かに、本郷寺隊長が目的としていたものもあっさりと手に入ったし」
マクロスも言った。
本郷寺がプリンスに依頼した書類は、
あのキューティーライダーが盗んでいたのだ。
キューティーライダーとしてのプライドが、
盗賊への協力の要請を許せなかった。
なので、
単独でゲルマン教授のアジトに乗り込んで
人体実験に関する書類を盗み出したという。
警察署には本郷寺も呼ばれ、
書類は警察側で処分するということになった。
黒ずくめの男たちは、
警察に捕まり取調べを受けている。
盗みに入ったキューティーライダーについては、
今回の事情から、許してもらえた。
「ところで、キューティーライダーはどこでゲルマン教授の居場所を教えてもらったんだ
ろう」
マクロスが、そんな疑問を出した。
「きっと、自分で調べたんじゃないのか。俺たちはゲルマン教授の顔を知らないが、キュ
ーティーライダーは知っていたかもな。顔さえ知っていれば、こっちよりは探すのが楽だ
ったんじゃないのか」
プリンスが言った。
「マクロスさーん」
エボリが、こちらにやってきた。
「エボリ君。あっちに行ったままだったね」
「気にしないでくださいよ、マクロスさん。あ、プリンスも」
「よお、エボリ。大変なことがあったんだ」
プリンスはそう言うと、
表通りであったことを話した。
「じゃあ、プリンスが盗もうとしていたものについては解決したってことか」
エボリは言った。
「エボリ君、まだ何かあるみたいだね」
マクロスが言った。
「そうですよ、マクロスさん。研究資料が警察の手に渡ったことでゲルマン教授が科学界
を追放される可能性は高くなった。今の話からして資料は警察で処分されるみたいですけ
れど、その前に科学界の人たちにも見せるという機会があると思います。それでゲルマン
教授の処分が決定されると思いますが、それまで間があるので・・・」
エボリが言いたいことを、
マクロスもプリンスも理解した。
「やっぱりというか、まだこの事件は解決していないってことだな」
プリンスは言った。

近くまで来たというわけでもないが、
三人は盗賊ギルドに顔を出した。
「あ、父さん」
マクベスが来ていた。
「マクロス。それに、エボリ君とプリンス君も」
「こんにちは、マクロスの父さん」
プリンスは、マクベスに挨拶した。
プリンスは、
マクロスの父さんに事の経緯を話した。
「この依頼は出して正解だったな」
「依頼?」
マクロスは、マクベスの言葉に訝った。
「マクベス様から依頼が出されたんですよ。ご覧になりますか」
チェックメイトが言ってきた。
「お願いします」
マクロスは促した。

ゲルマン教授の野望を阻止してほしい
宇宙を操り世界征服をするを阻止してほしい
研究資料を盗むのが効果的と思われる
報酬は要相談
(マクベス・ダナエ)

ずいぶん簡潔な依頼である。
特定の人物にしか引き受けさせたくないような、
そんな感じがする。
「父さん」
「そうだ。怪盗MRDに、この依頼を引き受けてもらいたいんだ」
「・・・」
マクロスは、何も言えなくなった。
「父さん、魔王からの話は聞いているだろう。ゲルマン教授がどれだけやばいのか、俺は
もうわからなくなってきている」
「だからって、この星を見捨てるわけにはいかないだろう」
それもそうである。
「わかりました、マクベス・ダナエ王。お引き受けいたしましょう」
マクロスは、言った。
「よし、決定だ」
マクベスは満足そうに言った。
「当然、俺も引き受けていいよね」
プリンスが訊いた。
「もちろん」
マクベスは即答した。
「俺も、引き続き協力させていただきますよ」
エボリも言った。
「助かるよ、エボリ君」
マクロスは正直に言っていた。
「よし、風とセブンにも、このことを話そう」
プリンスは、
何としてでも
この依頼を解決しなければならないと思っていた。
それは、マクロスもエボリも同じである。
「俺自身も協力していいでしょう、チェックメイトさん」
「構いませんよ、マクベス様」
チェックメイトはそう言ったものの、
内心はダナエ王に何かあったらと思っていた。

10.新たな動き

翌日、
マクロスには嫌な予感がしていた。
「どうしましたか」
マクロスの様子に気づいた魔王が声をかけてきた。
「魔王か。何か嫌な予感がするんだ」
マクロスは答えた。
「嫌な予感」
「ほら、父さんから依頼を引き受けたっていう話を昨日しただろう。その依頼に関するこ
とで」
「つまり、ゲルマン教授に関することで」
「ああ」
正直言って、
ゲルマン教授とは関わりたくない。
マクロスはそう思うようになっていた。
「もう1回、行ってみるか」
マクロスは、あの建物を
もう一度見なくてはならないと考えていた。
人体実験に関することは、一気に解決していた。
今日の朝刊において、
ゲルマン教授の部下が新たに捕まったことや
警察が人体実験に関する資料を押収できたことが
取り上げられていた。
近々、ゲルマン教授にも逮捕状を取ると同時に
家宅捜索令状も発行される。
人体実験の書類があるため、
ゲルマン教授は言い逃れできない。
だが・・・。
「あのゲルマン教授が、そう簡単に捕まるとは思えない。そうですよね」
少女が声をかけてきた。
長い金髪をふたつに結い、茶色い瞳を持っている。
彼女こそ、エウテルペ王国第一王女の
ミルテ・ヴェガ・エウテルペである。
「そうだよ、ミルテちゃん」
「これは、ミルテ様。おはようございます」
「おはようございます、魔王さん」
「ミルテちゃんは、どれだけ事態を把握している」
「エボリ兄さんからの調査結果は把握しています。あとはマクロスさんのお話のことも」
「念のため訊くけれど、最近、使用人が増えたとか、そういうことはない」
マクロスは、
使用人の中に
ゲルマン教授が紛れ込んでいる可能性を考えた。
昨日のエボリの話だと、
ゲルマン教授はあの建物にいたことになる。
また、ロビン子爵の情報からも
紛れ込んでいる可能性は低いことがわかった。
だが、防衛線を張っている可能性もある。
使用人としてエウテルペ城に紛れ込み、
ほとぼりが冷めるまで
ここで生活するかもしれないのだ。
「大丈夫です。そんなことはありませんよ」
ミルテは断言した。
マクロスは余計な心配をしているようだ。
「魔王、図書館で不審な人物が来たということは」
「そうですね。フユさんと目を光らせていますが、ゲルマン教授の手下と思われる人物は
来ておりません。」
「魔王、城下町に住んでいる人全員の顔を知っているとか」
「いえ、図書館に来る人は顔なじみにが多いですから」
「そうか。ゲルマン教授がエウテルペ城に来たってことはなさそうだな」
マクロスは、そういう結論に達した。
「マクロス様、本日のご予定は」
「また建物に行ってみるよ。もしかしたら、何らかの動きがあるかもしれない」
「私もご一緒したいですが、あいにく教会図書館の仕事がありますので」
「構わないよ。ミルテちゃんも今日は家庭教師だろう」
「はい。私も一緒に行きたいですけれど」
「いや、ミルテちゃんに何かあったら運命君たちに何を言われるかわからないし、危険な
目には遭わせたくはないし」
「協力できることがあったら協力するというのが、エウテルペ探偵団の信念です」
ミルテは、きっぱりと言った。
マクロスは感心した。
「作戦の相談か」
運命が、食堂にいるみんなに声をかけてきた。
「マクロス様が、廃屋の調査に行くとおっしゃっています。なので・・・」
「運命兄さんも、一緒に行ったらどう」
魔王とミルテが、
マクロスが頼みたかったことを先に言ってしまった。
「あ、いいよ。俺もゲルマン教授のことについては、早く止めないとと思っていたし」
運命は、快く引き受けてくれた。
「それじゃ、よろしく」
「こちらこそ」
マクロスは、
トントン拍子に決まってしまったことに
少々気が抜けていた。

マクロスと運命は、廃屋の前にやってきた。
やけに静かだった。
「いくらなんでも、静かすぎないか」
運命が訊いた。
「俺もそう思う。なんだか、かえって不気味だ」
マクロスは答えた。
「入ってみるか」
マクロスのこの提案に、運命は即答した。
「戦いになってもいい」
「よし、決まり。父さんからの依頼も出ているし、侵入しても問題はない」
さて実際は、
二人は建物に侵入することになったのだ。
「まさか、朝から侵入するなんてね」
マクロスはそう言いながら、
入り口のドアの取っ手に手をかけた。そして、
「どうしたの」
何かに気づいたマクロスを見て、運命が訊いた。
「鍵が開いている」
「え」
この時間帯では、
鍵が開いていてもおかしくはない。
だが、マクロスはおかしいと思った。
誰かがいる。
その割には、人の気配が全くしない。
マクロスは、静かに扉を開けた。
念のため、ごめんくださいと言ってみた。
何も反応がない。
続いて運命が建物の中に入り、
お邪魔しますと言ってみた。
しかし、反応はなかった。
二人は、慎重に歩を進めた。
手分けして、建物内を調べた。
調査の間、誰にも見つかることはなかった。
なぜなら、誰もいなかったからである。
マクロスも運命も、
建物には誰もいないと結論づけた。
「運命君、食料品や生活用品を見つけた」
「いいや、全くなかった。マクロス君は」
「俺も見つけられなかった。宇宙計画の資料も」
「そういえば、本来の目的はそれを手に入れることだったよね。俺も探してみたけど」
「どうやら、ゲルマン教授の一味は、ここから撤退したようだな」
マクロスの言うとおりだった。

結局、
マクロスの調査は徒労であったようだ。
一旦、エウテルペ城に帰還することにした。
「あ、メフィストさんだ」
オープンカフェの前にメフィストがいるのを、
マクロスは見つけた。
「誰かと話しているみたいだよ」
運命が指摘した。
メフィストは、誰かと話している。
「あれは本郷寺隊長」
マクロスにとっては、見覚えのある人物だった。
昨日に警察署に来ていた、
とある組織の隊長である本郷寺だ。
科学界のために、日々活動しているという。
とある組織って、何の組織なんだろう。
ゲルマン教授を倒せば、
活動の目的がなくなるんじゃ・・・と、
なんだか得体の知れない組織だとマクロスは思った。
「本郷寺隊長?」
「ほら、カフェの前にいる男性だよ」
「じゃあ、その隣にいる女性は」
「俺も知らない」
マクロスは運命にそう答えたが、
どこかで見たことがあるような気もしていた。
本郷寺の隣にいるのは、
こげ茶色の髪をふたつの三つ編みに結っている女性だ。
濃い桃色の瞳、黒縁の眼鏡。
地味な女性である。
本郷寺と女性が、
メフィストと何を話しているのだろうか。
「ほ、本物」
「いかにも、僕がメフィスト・カカオマスだけど」
「嬉しいです。メフィスト・カカオマスさんに会えるなんて幸せです」
「こら、そんなに興奮するんじゃない」
「いいじゃないですか隊長。私はメフィストさんのファンなんですから」
「僕のファンとは、何かの間違いでは」
何言ってるんだよ。
普通にかっこいいじゃん。
顔は綺麗だし・・・。
マクロスはそう思った。
いつの間にか、マクロスと運命は
会話が聞こえる距離まで近づいていた。
「大空明日香です」
女性が、メフィストに名乗った。
マクロスは、トロスから聞いた女性の話を思い出した。
「大空明日香?」
メフィストは驚いた。
「君は大空教授の」
「父をご存知なんですか」
「世界科学雑誌で、大空教授に関することを取り上げたから」
「まあ、嬉しいです。本当に感激です」
大空明日香は、すっかり舞い上がっている。
「すまないね」
本郷寺は、メフィストに言った。
「別にいいですよ」
メフィストは、悪い気はしなかった。
「ところで、その覆面は」
本郷寺は、
メフィストの目の周囲を覆っている
布製の赤い覆面が気になっていた。
「これですか。これは・・・」
「メフィストさんのトレードマークですよ」
ついに、マクロスが口を出した。
「あ、マクロス君。それに運命君も」
「こんにちは、メフィストさん」
「こんにちは」
マクロスも運命も、メフィストに挨拶した。
「よかったですね、目的の資料が手に入って」
マクロスが言った。
「ああ、これで解決だよ」
本郷寺は答えた。
「資料は若返りの秘法ですか」
運命は訊いてみた。
「そうです」
本郷寺は、宇宙計画のほうは知らないようだ。
「君は誰かね」
本郷寺は、運命のほうを見た。
「私は運命といいます」
運命はそう名乗っておいた。
本名(フォーン・サイレンス・エウテルペ)を
名乗る必要はないと思ったからだ。
「そういえば、本郷寺隊長」
マクロスは、変な質問をしてみた。
「キューティーライダーはどうしたんですか」
昨日見た、オレンジ色の髪の女性。
おそらく本郷寺と一緒にいると思っていたが、
その姿はない。
「え? ああ、別行動だよ」
本郷寺は答えた。
「そうですか」
「それでは、我々はこのへんで。明日香、行くぞ」
「待ってよ隊長。メフィストさん、サインお願いします」
「僕はサインをねだられるような人間じゃないんだけど」
「メフィストさん、ここはサインしてあげたらどうですか」
「運命君がそう言うなら」
メフィストは、差し出された手帳にサインをした。
「ありがとうございます」
明日香は、意気揚々と本郷寺と共に歩いていった。
「まさか、僕のファンとはね。大空教授の娘さんが」
「メフィストさんのファンって、たくさんいるんじゃないですか」
「運命君、僕は芸能人じゃないし」
「でも、世界科学雑誌の記事は毎回好評じゃないですか。エボリだってメフィストさんの
ファンですよ」
「身近にそういう人がいるっていうのは嬉しいね」
メフィストと運命がそんな話をしている間、
マクロスは考えていた。
大空明日香がキューティーライダーだろう。
髪の色も瞳の色も違っていたが、
背格好はそっくりだった。
「どうしたの、マクロス君」
運命に不意に声をかけられ、
マクロスは慌てて言った。
「いや、宇宙の計画を本郷寺隊長に話しておいたほうがよかったかな」
宇宙の計画は、
メフィストにとっては初耳だった。
「そうだ、メフィストさんには話しておこう」
マクロスはそう言って、
ゲルマン教授のもうひとつの計画を説明した。
それと、廃屋にゲルマン教授が隠れ住んでいたことも話した
「おそろしい計画だな。ゲルマン教授は郊外にいるかもしれないし、協力しよう」
「ありがとうございます、メフィストさん」
「感謝します」
マクロスと運命は、礼を言った。

エウテルペ城に帰り、
マクロスと運命は昼食を食べた。
そのとき、林からある情報を聞くことになった。
「大変だ」
「林君」
「運命兄さん。本当に大変なことになったんだ」
「何」
「マクロスさん。ラアラが行方不明になったとか」
「ええっ!」
マクロスと運命は、同時に声を上げた。
その声は食堂全体に響いた。
「林君、ラアラちゃんが行方不明とはどういうことなんだ」
「マクロスさん、俺も詳しいことはわかりません。今朝、学校に行くために家を出たこと
は確かなんです。しかし学校には来ていなくて、スターさんのところに連絡がいったと。
ですが、スターさんもライズさんも知らない。ライズさんが家に帰り、ラアラがいるかを
か確かめましたが、どこにもいない。家から出てきたライズさんと俺が鉢合わせになった
というわけです」
林は説明した。
「学校に行くために家を出て実際には学校に行っていないとなると・・・」
運命は、たどり着きたくない結論になると思った。
「ゲルマン教授に誘拐されたようだな」
マクロスの言葉に、林も運命もうなずいた。
「俺もそう思います、マクロスさん」
「想像したくないけど・・・」
まだ決まったわけではない。
だが、
マクロスの予感は、見事に的中してしまった。

11.手掛かり

それからしばらく経った頃、
エウテルペ探偵団のうち、
エボリ、林、運命は、
ラアラを捜すことを自主的にやっていた。
トロスとミルテも捜したかったのだが、
家庭教師を休むわけにもいかない。
ここはエボリたちに任せることにした。
城下町に出たエボリは、
そこでプリンスと風とセブンに会った。
「こんにちは、エボリさん。一体どうしたんですか」
「緊急事態でもあったのですか」
風とセブンは、エボリの様子から
何かあったことを察知したようだ。
エボリは、これまでにあったことを話した。
「ラアラが行方不明になったんですよ。マクロスさんの話だと、ゲルマン教授はあの家か
ら引き払っていたということです」
「何だって」
プリンスは、反応した。
風もセブンも、大変な事態であることを理解した。
「私も、ラアラさんを捜すのを手伝います」
「私もです。ゲルマン教授を捜しましょう。そこにラアラさんもいるかもしれません」
セブンの言うことはもっともである。
「エボリ、俺たちも協力するぜ」
「それは助かるな、プリンス。風さんとセブンさんも感謝します」
「どういたしまして」
「それでは、早速捜しましょう」
ラアラの捜索に、プリンス、風、セブンも加わった。
「そうだ、セブンさん」
「何でしょうか、エボリさん」
「ゲルマン教授を捜すのならマクロスさんと合流したほうがいいですよ。今なら教会図書
館にいると思います。ゲルマン教授のことはマクロスさんと魔王さんに任せてあるので」
「わかりました」
エボリに教えられたので、
セブンは教会図書館に向かうことにした。

その頃、教会図書館。
「厄介なことになったちんね」
ヴィヴァルディ竹原博士が
カウンターの近くにある席に座り、
そんなことを言っていた。
今回の事件については、
竹原博士もマクロスたちから聞かされていた。
ゲルマン教授が関わっているのだから、
竹原博士にとっても聞き捨てならないことだった。
向かい側に、マクロスは座っていた。
「そうですよ。大空教授の娘さんは、もう事件が解決したと思っているようですが」
「マクロス君は、大空教授の娘さんに会ったちん」
「はい。とある組織の隊長だという本郷寺と一緒にいましたよ」
「ああ、ゲルマン教授の野望を打ち砕こうとしている組織の人だちん」
竹原博士は、本郷寺のことを知っているようだ。
「ご存知なんですか」
「知っているちん。数年前に行方をくらまして人体実験を行っているゲルマン教授を止め
るための組織が結成され、そのメンバーに本郷寺が入っているちん」
マクロスが得体の知れないと思っている組織は、
科学界では認知されている組織である。
「マクロス君は、これからどうするちん」
「ゲルマン教授を捜しますよ。ラアラちゃんがゲルマン教授と一緒にいるかもしれない」
「それはいい考えだちん。で、マクロス君はゲルマン教授の顔を知っているちん」
マクロスは、はっとした。
そういえば、俺はあの夜、
ゲルマン教授が出てくる前に
隠れ家から移動したんだ。
顔を知っているのはエボリ君だけか。
エボリ君と一緒に行動するべきだったかな・・・。
マクロスは、少しばかり後悔した。
「大丈夫だちん。いいものを貸すちん」
竹原博士は、席を外した。
しばらくして、
古い雑誌を持って戻ってきた。
あるページの人物をマクロスに示した。
「これが、数年前のゲルマン教授だちん。科学界追放令が出たときの記事だちん」
「この写真をたよりにすればいいんですね」
「そういうことだちん。もっとも今はこの写真そっくりというわけじゃないと思うちん。
だけど手がかりにはなると思うちん」
「ありがとうございます、竹原博士」
マクロスは、少しだけ希望が出てきた。
と、そのとき
「マクロス様」
魔王がやってきた。
「魔王、どうしたんだ」
「フユさんに頼んだんですよ、ラアラさんやゲルマン教授の捜索に加わりたいって」
「迷惑をかけないか」
「大丈夫よ、マクロス君」
魔王に続いて、フユが現れた。
「ラアラさんがいなくなったってことは、ゲルマン教授がこの世界を思い通りにしてしま
う前触れかもしれないわ。そんなことは考えたくもないけれど。こんな非常事態だもの。
魔王さんには、私の手伝いよりもマクロス君の手伝いをしてもらったほうがいいわ」
「ありがとうございます」
マクロスと魔王は、フユに礼を言った。
「どういたしまして。魔王さんの代わりは主人がやるから」
「聞いてないちん」
「何言っているのよ。ハジメロボットの強化より、書庫の整理をしなさい。今日は入れ替
えの日じゃないからすぐに終わるわ」
マクロスは、
フユさんのほうが力関係が上ではと思った。
ハジメロボットとは、
竹原博士が開発したロボットで、
卵型の本体に細い腕と足がついている。
ちゃんと二足歩行する。
以前、動かしたときに暴走したことがあり、
エボリたちがひどい目に遭った。
ハジメロボットの研究は、今でも続いているようだ。

マクロスと魔王は、
教会図書館を出たところでセブンに会った。
「セブンさん。どうしたんですか」
マクロスと魔王は、
セブンからエボリの話を聞かされた。
「そうそう、これが若いときのゲルマン教授です」
マクロスは、
竹原博士から借りた世界科学雑誌ページを開いて見せた。
セブンは、疑問の表情を浮かべた。
「どうしたんですか」
マクロスが訊いた。
魔王は、マクロスが開いたページを見てみた。
「マクロス様、開いているのは読者のネタ投稿ページですよ」
「は?」
マクロスは、ページに目をやった。
タイトルに、
やってほしい企画なんでも十番勝負とあった。
マクベス・ダナエ対メフィスト・カカオマス
などという企画を提案している読者までいる。
「あー、すみませんねセブンさん」
「いいですよ、けっこう面白いし」
セブンはそう言って、あるネタに目をやった。
そこには、こんなことが書かれていた。

あったら便利な研究施設
すべてが地下にある研究施設。
研究スペースや生活スペースはもちろんのこと
自給自足できる設備までもが地下にある
この研究施設にいる人間は、一歩も外に出なくていい
実験や研究のため
買い出しに行くのが面倒だという人におすすめ

このとき、セブンの脳裏に可能性がひらめいた。
「マクロスさん、魔王さん、もしかしたら・・・」

「本当なの、宇宙計画って」
エリスが、不安げに話しかけていた。
「僕だって信じられないんだ。だけど星士の力を使うっていうんだから、不可能なことで
はないかもしれない」
メフィストは答えた。
この家(カカオマス家)を訪問していた
マクベスに訊いた。
「マクベスは、どれだけのことを話されたの」
「マクロスがスターダンス教授から聞いてきたことは知っている。ゲルマン教授がエウテ
ルペ城下町にいたってことも部下が捕まったことも知っている」
マクベスは答えた。
「メフィスト。もしかしたらミサイルを使うときが来るかもしれない」
「そうだね。使いたくはないが、ゲルマン教授の出方次第では・・・」
メフィストもマクベスもエリスも、
連日の報道で
ゲルマン教授の若返りの秘法の研究は
打ち止めになるだろうと思っていた。
資料が警察に押収されたからである。
「ねえ、宇宙計画って具体的に何が起こるの」
エリスが訊いた。
「そうだな。僕も詳しいことはよくわからないけど、占星術の強化版だと思う」
メフィストは言った。
「それじゃあ、本当に隕石が降ってくるとか」
エリスは、考えたくないことを言った。
「たぶん。隕石の規模はどれだけかはわからない。だけど隕石のせいでこの星のどこかの
国が壊滅するかもしれない」
「ミサイルが、どこまで通用するかだな」
マクベスが言った。
メフィストが作っているミサイルは、
防衛用のミサイルだ。
郊外の地下格納スペースに収められている。
「ゲルマン教授を、星士の力を使う前に捕まえればミサイルを使わなくて済む」
「そうだな、メフィスト。俺もマクロスに協力するって言ってあるんだ」
「だからここへ来たんじゃなかったの、マクベス」
「そうだが、メフィストとエリスにも話して・・・」
マクベスがこう言いかけたとき、
玄関のチャイムが鳴った。
現在、このエウテルペにおいて
チャイムを実装している家は少ない。
ほとんどがドアノッカーである。
「はーい」
エリスが玄関まで出た。
「どちら様でしょうか」
エリスにとっては、見知らぬ人物だった。
銀色の髪の人物が言った
「私は本郷寺。こちらは大空明日香。メフィスト・カカオマスさんはいますか」
名前だけは、メフィストから聞いていた。
「今朝、メフィストが会ったという方たちですね。どうぞ」
エリスは、二人をリビングに通した。
「お邪魔します」
「あ、さっきの」
「こんにちは、メフィストさん」
本郷寺はかしこまっていたが、
明日香はなんだか嬉しそうだ。
「あの、こちらは」
本郷寺は、マクベスを指して訊いた。
「マクベス・ダナエです」
マクベスは名乗った。
「え、ダナエの王様」
「王様が、どうして」
本郷寺も明日香も戸惑っている。
「あー、かしこまらなくてもいいですよ。俺は堅苦しいことは苦手なので。俺がここにい
るのは友人の家に遊びに来たってことで」
マクベスは、そう言って片付けておいた。
「ところで、どういうご用件で」
メフィストは、それが気になった。
「先ほど、運命と名乗る青年に会いまして。なんでも行方不明の人を捜しているとのこと
でした。ゲルマン教授に誘拐されたのではないかという話をしていたので、メフィストさ
んなら詳しい事情を知っているのではないかと思いました」
「運命さんは何やら忙しそうだったので、お引き止めするわけにもいかなかったのです」
本郷寺の説明の後、明日香が補足した。
「本郷寺さんは、ゲルマン教授を追っているんですよね。だったら、この話をしてもいい
でしょう」
メフィストは、
これまでのこと、
そして宇宙計画のことを話し始めた。

マクロスは言った。
「なるほど、ここなら可能性はありますね」
エウテルペ城下町郊外は草原地帯にある
地下施設への入り口である。
投稿ネタのように、
自給自足できるようになっているかはわからない。
身を潜めるにはいい場所である。
物品を隠すことに使われてきた場所でもある。
マクロスがここに来るのは二度目だが、
セブンと魔王は初めてだった。
セブンは
この場所の話を風から聞いていたので、
ネタを見たときに、
この場所の可能性を思ったのだ。
「よし、行こう」
マクロスが地下施設へ入ろうとしたときだった。
「待ってください」
なんと、加奈が現れた。
「加奈ちゃん、なぜここに」
「今日は学校が早く終わる日でしたからね。お三方の姿が見えたので、慌てて追ってきた
んですよ」
「なんだか、加奈に見つかることが多いな・・・」
加奈は、こちらの行動を察知して合流してくる。
この嗅覚?も、
盗賊としての素質なのだろう。
「加奈さん、一緒に行くんですね」
魔王が訊いた。
「もちろんですよ」
加奈は即答した。
「マクロスさん、行きましょうか」
「そうですね」
セブンに促され、
マクロスは地下施設への階段へ足を踏み入れた。

アケローンの丘までやってきた風は、
丘の頂上に誰かいるのを見つけた。
「ラアラさん」
金髪に、茶色い瞳をした少女がいた。
「どうして、こんなところに。スターダンス教授もライズさんも心配していたよ」
風は、異変に気がついた。
どこか、様子がおかしい。
目つきが、ラアラ・スターダンスではない。
「ラアラさん・・・」
風は、一歩後ろに下がった。
ラアラは、それを見て、にやりと笑った。

12.教授の逆襲

何かが中を飛んでいる。
プリンスは反応した。
彼と共に行動していたエボリも呼応した。
「人が、空を飛んでいる!」
道行く人々も、どよめいている。
アケローンの丘の真上あたりに、
浮いている人がいる。
遠目からわかることは、
一人は女学生で、
もう一人は背中に透明な羽が生えているということ。
「なあ、エボリ。片方は風だと思うんだが、もう片方は」
「ラアラ」
「だな」
プリンスとエボリは、すぐに駆け出した。

「ラアラさん、一体どうしたというのですか」
風は、動揺しながら訊いた。
彼の背中には、透明な羽が生えている。
後ろ髪は肩まで伸びている。
エルフとしての力を覚醒させたのだ。
そうでもしなければ、
とまともに対峙できないと考えたからである。
ラアラは、風を見て数秒後に空中に浮き上がった。
それも、自らの力を使ったかのように。
星士が空を飛べるという話は聞いたことがない。
なので風は、これはラアラの力ではなく
別の力だと考えていた。
おそらく、ゲルマン教授ではないか。
ラアラは、風の質問には答えなかった。
その代わりに、右腕を挙げた。
そして、風に向かって振り下ろした。
ヒュン、という音がした。
一瞬、光の筋が見えた。
風は、左腕にわずかな痛みを覚えた。
何事かと思い、そこを見る。
血がにじんでいた。
風は、すぐにラアラを見た。
彼女は、またにやりと笑った。
「ラアラさん」
風の呼びかけに、ラアラは全く応えない。
ラアラは、再び右腕を挙げた。
そして、詠唱を始めた。
「この詠唱は・・・」
風は、その意味に気づいた。
次の瞬間、空が暗くなった。
「どうだ、これで誰もが私に従うだろう」
どこからともなく聞こえた声に、運命ははっとした。
彼は、風より一足遅れてアケローンの丘にやってきた。
そのときには、風とラアラは空中にいた。
運命は、声が聞こえた方向を見た。
そこには、いつの間にやら
数人の黒ずくめの男たちを従えた老人がいた。
それが誰なのか、運命にはすぐにわかった。
「うわあ」
上空で叫び声が上がった。
運命は空を見た。
風が、ラアラの攻撃を食らっている。
星士の技・占星術だ。
運命は、風を助けに行きたかったが
どうすることもできなかった。
再び、空が明るくなった。
運命は、老人のほうを向いた。
「どうかね。私の研究は」
「何が研究だ」
老人の言葉に対し、運命は吐き捨てるように叫んだ。
「こんなことをして、一体何になるっていうんだ」
「青年よ。私は、世界を統一するためにやっているんだ」
「貴様がやろうとしているのは、力でねじ伏せることだ。俺は絶対に許さない」
「君は、私に何か言える立場ではないだろう。 凡人の君に」
運命は、老人の言葉をさえぎるように名乗った。
「フォーン・サイレンス・エウテルペだ」
「なに。エウテルペだと」
この名乗りに、老人は驚いた。
老人のそばにいた男たちも、
その名乗りに顔色を変えた。
青年は、エウテルペ王国の王族だ。
老人のほうこそ、言えるような立場ではない。
これで立場は逆転した。
「ゲルマン教授。お前が科学界を追放された落ちこぼれなのはよく知っている。そして、
宇宙計画を企てていることもな。自分だけではどうにもできないから、ラアラを人質にと
ってスターやライズを従がわせる。お前はそう考えた。だがな、お前は致命的なミスを犯
した。それは、お前の目論みがマクベス・ダナエ王の逆鱗にふれてしまったこと。お前が
自由に行動できるのも、あとわずかだ。お前の研究資料はすべて押収された。お前の仲間
も捕まった。そろそろ年貢の納めどきだな」
運命は、ここで時間稼ぎをして
誰かの到着を待つのがいいと思った。
こちらは一人で、向こうは集団だ。
一人で戦って勝てる保障はない。
そのとき、いいタイミングで
「運命兄さーん」
「林君」
林が現れた。
風とラアラの姿を見て、慌てて駆けつけてきた。
さらには、竹原博士とフユの姿もある。
「竹原博士にフユさんも」
「運命君、無事だったちん」
「俺は大丈夫。風さんとラアラさんのほうが危ないです」
「確かに、心配ね」
フユは、空を見上げて言った。
「ところで、どうして竹原博士とフユさんが」
「窓からこっちのほうを見たら、人が空に浮いていたちん。だからフユと来たちん」
何事かと思い、来たのだ。
途中で林と合流した。
「ところで、この人たちは」
林の言葉に、竹原博士が言った。
「間違いないちん。ゲルマン教授だちん」
「やはり・・・ヴィヴァルディ竹原だったか」
ゲルマン教授は、苦々しげに言った。
「貴様は、私の邪魔ばかりしている」
「僕は、教授の研究を世に広めたら、それこそ秩序が乱れると考えているちん。他の人も
そうだちん。人体実験でどれだけの人の人生をだめにしているちん。教授はそれがわから
ないのかちん」
竹原博士は、激しい口調で言った。
「貴様は、私の才能を理解できない・・・哀しいことだ」
「ゲルマンさん、あなたについていく人がいると思っているの」
「フユさんの言うとおりだ。お前は力でねじ伏せる世界を作ろうとしているだけだろう。
そんな世界に誰がついていくんだ。いい加減に反省しろよ」
フユと林も、ゲルマン教授を叱りつけた。
「くだらん! お前ら、この者どもを倒せ」
ゲルマン教授が、男たちに命じた。
「やれやれ、結局は戦うことになるのかよ・・・林君、行こうか」
「はい。竹原博士とフユさんは下がっていてください」
「わかっているちん。もしものことがあったら僕も参加するちん」

外が騒がしい。
メフィストは席を立った。
家の外に出てみた。
近所の人々が、ある方向を見ている。
「あの、何かあったんですか」
向かい側の家の庭にいる人に訊いてみた。
「メフィストさん、アケローンの丘の方向を見てみてくださいよ」
そう言われたので、メフィストは従った。
メフィストは、慌てて家の中に駆け込んだ。
「た、大変だ」
「どうしたんだよ」
マクベスの問いに、メフィストは答えた。
「アケローンの丘の上で浮いている人がいる」
「は?」
「小さくてよくわからないが」
「ほらよ」
マクベスは、手持ちのバッグからオペラグラスを出した。
メフィストは、
オペラグラスを受け取るとまた外に出た。
「!」
また、家の中に駆け込んだ。
「誰なんだ」
マクベスが訊いた。
「風さんとラアラちゃんだ。しかも、戦っているみたいだ」
メフィストのこの言葉に、本郷寺が反応した。
「ラアラというと、星士の末裔。まさかゲルマン教授が」
「隊長、行きましょう」
「明日香、君は準備があるだろう」
「もちろんよ。準備が終わったら行くわ。隊長は先に行って」
「メフィストさん、エリスさん、お邪魔しました」
「ありがとうございました」
本郷寺と明日香は、すぐに去っていった。
「ねえ、メフィスト。私たちも行きましょうよ」
「そうだぜ、俺たちも行こう」
「うん、そうだね」
メフィストたちも、
アケローンの丘に向かうことになった。
カカオマス家を出たところで、
マクベスは、近所の人に呼び止められた。
「はい、何でしょう」
「マクロス君が、草原地帯へ行くのを見ましたよ」
マクベスは、草原地帯のほうが気になってきた。
「いいよ、マクベス。行きたかったら行けば」
「私たちは、先に行っているわね」
というわけで、
マクベスだけ草原地帯に向かった。

マクロスは、周囲を見回して言った。
「これで全部か」
「そうみたいです、マクロス様」
魔王は、資料が入ったダンボール箱を抱えて言った。
ここには、誰もいなかった。
その代わり、宇宙計画の資料がたくさんあった。
マクロス、魔王、加奈、セブンは、
資料を残らず探し出すことにした。
そして、その作業が終わった。
「これ、何ですか」
加奈は、部屋の片隅の装置を見て訊いた。
人間がひとり入れるくらいの透明な筒に、
妙な液体が満たされている。
「セブンさん、わかりますか」
マクロスが訊いた。
こういった調査は、セブンに頼むのが一番である。
「強い催眠効果があるみたいですね。また、装置に入った人の能力を強化・覚醒すること
ができるようです」
セブンは答えた。探知の結果である。
「なるほど。さて、これをどうするかだな」
マクロスの言葉に、魔王が口を出した。
「しばらくは残しておくほうがいいかと存じます。この筒を壊してしまったほうが、もう
誰も使えなくなるから安全ではありますが、物的証拠がなくなってしまいます。処分は、
専門家に行ってもらったほうがいいでしょう」
「私も、魔王さんの考えに賛成です。それに、ここにはラアラさんがいたみたいです」
加奈は、床から、1本の髪の毛をつまみ上げた。
金髪である。
魔王は、最悪の事態を頭に浮かべた。
「急ぎましょう」
加奈が促した。
マクロスは、
筒の隣にあるテーブルに
銃が置いてあることに気づいた。
見たことがない銃である。
安全装置がかかっている。
マクロスは、銃の弾丸を調べた。
1発だけ入っている。
この弾丸は、ただの弾丸ではないようだ。
「マクロスさん、行きますよ」
セブンの声に、マクロスははっとした。
「ああ」
マクロスは、その銃を持って立ち去った。

地上から出たときに、
真っ先に目にした人物。
それは、マクベス・ダナエだった。
「何やってたんだ、ここで」
四人が地下から出てすぐ、マクベスに訊かれた。
「資料の押収だよ」
マクロスは答えた。
「宇宙計画の裏づけもできます」
加奈が続けて言った。
「それはよかった。だけど、まだ終わりじゃないんだよ」
マクベスの言葉に、
四人はやはりと思った。
「もう一幕あるということですね」
魔王の言葉に、マクベスはうなずいた。
セブンが、ある反応をキャッチした。
「上空に生体反応。鳥や虫ではありません。アケローンの丘の方角。かなり強い生体反応
です」
セブンは、風の生体反応をつかんだようだ。
「もうひとつ。何やら邪悪な雰囲気ですが」
セブンは、もしかしたらと思った。
「その通りです、セブンさん。ラアラちゃんですよ」
マクベスが答えた。
「すぐにアケローンの丘へ急ぎましょう」
「おい、待てマクロス」
マクロスを、マクベスが呼び止めた。
「何だよ」
「お前、その銃をどこで見つけたんだ」

アケローンの丘は大騒ぎとなっていた。
林と運命の他、
エボリとプリンスと本郷寺が加わり、
さらにメフィストとエリスも加わったのだ。
エリスは戦わずに、
竹原博士とフユのもとへ行った。
「キューティーライダー、参上」
キューティーライダーも現れた。
「ゲルマン教授、とうとう追い詰めたわ。観念なさい」
「待て、小娘」
ゲルマン教授の側は、圧倒的に不利になった。
彼の部下たちは、
エボリたちの手により縛られている。
「私が身動きできなくなったら、あの星士の娘はどうなる」
「くっ」
キューティーライダーは、唇をかみ締めた。
プリンスは、不安そうに上空を見上げた。
戦いは続いている。
時々空が暗くなる。
風は、占星術を受け続けているのだ。
「しかし、エルフまで現れるとは。まだ、私は研究を中断するわけにはいかないな」
「ふざけるな、ゲルマン教授。もう、お前に研究はさせない!」
本郷寺が言った。
「何とでも言うがよい。お前らの言うことには・・・」
ここで、ゲルマン教授は目を見開いた。
いつの間にか、後ろから剣が回され
自分の首に当てられていた。
「それまでだ、ゲルマン教授」
その声の主は、マクベスだった。
「遅くなっちまったな、メフィスト」
光の筋が1本、
ラアラめがけて飛んでいった。
そして、ラアラの左胸を貫いた!
誰もが、その光景に釘付けになった。
ラアラの攻撃を受け続け、
風の身体はもうボロボロだった。
それでも、風は決してあきらめなかった。
光がラアラの左胸を貫いたあと、
ラアラの表情がもとに戻ったことも
風にはよくわかった。
「風さん・・・」
「よかった。正気に戻ったのですね」
風は、すぐにラアラのそばまで飛んだ。
本来、ラアラは空を飛べない。
すぐに、風はラアラを抱きかかえた。
「風さん、私は風さんにひどいことを・・・」
「ラアラさんは悪くないですよ」
風は、心からラアラにそう言っていた。
「な、なぜだ」
ゲルマン教授は狼狽している。
「この銃のことか」
マクロスが現れた。
「この銃は、精神を元に戻す力が込められた弾丸を撃つための銃ですね」
続いて現れたセブンが言った。
「助かった。これがなかったら大苦戦でしたね」
その次に現れた加奈が言った。
「宇宙計画の資料は回収しましたよ」
最後に現れた魔王が言った。
「というわけだ。本当に観念するんだな、ゲルマン教授」
マクベスが言った。
「うう」
ゲルマン教授は、もう何も言えなかった。
見事に野望が打ち砕かれたのだ。
こうして、国の危機は回避できた。
ゲルマン教授に関する事件は、
いろいろな人々の協力があり、解決したのである。

おわりに
「一体、お前は何者だ」
「怪盗MRDだよ。教授」
「そうか、お前が怪盗MRDだったとは・・・」
「ほら、さっさと行け」
警察官のひとりに促され、
ゲルマン教授はしぶしぶと歩き出した。
「あーあ、タマを全部使っちまったよ」
林が、自分のパイプ銃を見て言った。
「エボリ、お前はどうだったんだ」
「俺の弾丸は、まだ少しだけ残っている」
「やっぱり、後から来るとそういう結果になるのか」
「俺が弓矢を持っていたら、ミスター林の弾丸は尽きずに済んだかもな」
エボリと林の会話に、プリンスが割り込んだ。
あの戦いは、エボリと林は銃で
プリンスは剣で応戦した。
「だけど、林君がすぐに来てくれて助かったよ」
運命は正直に言っていた。
「何はともあれ、全員無事でよかったちん」
「本当にそうよ。誰も犠牲にならなくてよかったわ」
竹原博士とフユも言った。
「ところで、キューティーライダー」
プリンスは、キューティーライダーに話しかけた。
「な、何よ」
「お前、何しに来たんだ」
「えっ」
キューティーライダーは焦った。
「格好よく名乗ったはいいが、何もしなかったよな」
運命が痛いところを指摘する。
「キューティーライダーは、私を助けに来たんだ」
本郷寺が言った。
「そういう本郷寺隊長は、何かしましたっけ」
メフィストが訊いた。
「そ、それは」
本郷寺はしどろもどろになった。
メフィストが突っ込んだ。
「あれ、僕、キューティーライダーさんに名前を教えたかな」
「マクベスさんが、メフィストさんのことを呼んだでしょう。だからわかったんです」
「ところで、大空明日香さんはどこ」
今度は、マクベスが突っ込んだ。
「え、明日香はですね・・・」
本郷寺は、何やらごまかそうとしている。
「あ、トロス君とミルテちゃん」
加奈が、こちらに歩いてくる人の名を呼んだ。
「それに、スターダンス教授とライズさんも」
セブンは、トロスとミルテの後ろにいる人に目をとめた。
「加奈ちゃん。ラアラさんは」
ミルテが訊いた。
「ええ、無事よ」
加奈は答えた。
トロスとミルテも、
今回の戦いを見ていたようだ。
戦いが始まった頃には、
授業が終わっていた。
「それじゃあ、風さんは」
トロスが心配そうに訊いた。
「私なら大丈夫ですよ」
本人が答えた。
風は、しっかりとこちらに歩いてきた。
髪の長さは元に戻り、背中の羽は消えていた。
「風さん、無事だったんですね」
「よかった。ラアラさんも無事で本当によかったわ」
トロスとミルテは、安堵の表情を浮かべた。
「風は、いつの間に」
セブンが疑問の声を上げる。
「私がこっそり回復してあげたんです」
エリスがセブンのそばにきて説明した。
戦いで、風は自分の魔法力を完全に使い切ってしまい
傷を回復することができなくなっていた。
エリスに、回復させてもらったのだ。
「ところで、ラアラは」
スターが訊いた。やはり心配そうだ。
「あちらに」
魔王が指差した。
ライズが、ラアラのもとへ駆け寄った。
「お父さん」
ラアラは、今までこらえていたものが
抑えきれなくなったという状態になった。
「お父さんごめんなさい。。私どれだけひどいことをしたか」
ラアラは、そう言って泣いた。
「お前は悪くないだろう」
「でも、私が・・・」
「ラアラさん」
風が、ラアラに言った。
「気にしなくていいです。自分を責めるのはやめてください」
「そうだぞ、ラアラ。風の言うとおりだ」
プリンスが続けて言った。
風との付き合いが長いだけあって、
風のことをよくわかっている。
「ラアラ、お前が無事で本当によかったと思っている。もちろん、皆さんが無事で、本当
によかったと思っているんだ」
スターが歩み寄り、そう話した。
「俺もそうだ。みんな無事で本当によかった」
ライズも言った。
「うん」
ラアラは納得したようだ。
「ゲルマン教授は本当に許せん。あのような少女を、こんな目に遭わせるとは」
本郷寺が言った。
「これで、科学界追放は確実だろうな」
エボリが言った。
「永遠に刑務所から出られないんじゃないかと思う」
運命が言った。
「キューティーライダー、これからどうするんだ」
林が、ちょっと訊いてみた。
「私? そうね。もうしばらくこのエウテルペにいるわ。ね、隊長」
「ええ」
どうやら本郷寺は、
事件が解決したら、
エウテルペから帰る予定でいたらしい。
「それはいいな。キューティーライダーが戦っているところを見てみたい」
マクベスが言った。
「本当はキューティーライダーさんと対決したい、とか」
メフィストが訊いた。
「それもあるかもな」
マクベスは、否定しなかった。
「父さん」
マクロスは、少々呆れた。
「そういえば、マクロスさん」
ミルテが言う。
「確か、マクベスさんから依頼を引き受けたっていうお話でしたよね」
「そういえばそうだった。ありがとう、ミルテちゃん」
マクロスが、ミルテに礼を言った理由を魔王は察した。
「マクロス様、もしかして」
「ものすごい額の報酬を要求するんじゃ・・・」
魔王に続いて、セブンが言った。
「風さんとラアラちゃんがひどい目に遭ったんだから気が済みませんよ、セブンさん」
「な、何を考えているんだ、マクロス」
「父さん、依頼書には、報酬は要相談って書いてあったよね」
「だから何が言いたいんだ」
「今回の事件に関わった人はものすごく多いんだよ。え~と、全部で何人だ」
「二十人だね」
運命が教えた。
「じゃ、一人100万円ってことで」
「なぜそういう方向に行くんだ、マクロス」
「エボリ兄さん、もらう気か」
「トロス、お前ももらっておけよ」
「僕にも100万円くれるんだ、わーい」
「メフィストったら、もうその気になっているのね」
「どうするんですか、マクベス様」
「どうするって言ってもな、魔王。おいマクロス」
「ダメだよ、父さん。みんなその気になってるよ」
「僕も含まれるちん」
「あなたの代表で、私が200万円もらいます」
「ちゃっかりしてますね、フユさん」
「主人に渡したら、本当にどうなるかわからないからね、ミルテちゃん」
「本当にもらえるのかしら」
「マクロス君が言うと冗談には聞こえない響きがあるんだよね、加奈ちゃん」
「運命君も言ってることだし、みんなに払ってよ父さん」
「だから、なぜそんな方向に行くんだ」
マクベスは思いっきり叫んだ。
みんな笑った。
ラアラにも笑顔が戻っている。
それを見て、
マクロスはこれで本当に今回の事件が解決したと思った。
夕暮れのアケローンの丘。
夕焼けが、とても綺麗だった。
まるで、今回の事件の終了をたたえているようだった。

2017年4月9日日曜日

偉大なる僧侶の謎

はじめに
エウテルペ大学工学部の教授室ー
今は夏休みだが、
秋にある研究発表会の準備のため
学校に来ている学生も少なくない。
そんな中で・・・。
「スターダンス教授、研究発表の準備はどうなっていますか」
学生の一人が、
地質学教授のスター・スターダンスに訊いた。
「それは、そちら次第だろう。俺の研究発表じゃなく、学生たちの研究発表なんだから」
茶色い髪に漆黒の瞳のスターは、
そう言って学生を戒めた。
「で、どうなんだ。間に合いそうなのか」
「ええ、僕はなんとか」
「それはよかった。研究発表会は、卒業研究の中間報告会でもあるからな」
「はい。卒業生たちから聞いています」
「まあ、俺の研究室では、こまめに実験結果や観察記録をとっていけば、冬にものすごく
忙しくなるということはないがな」
「おい、まさかとは思うが、他の人は全然手をつけてないとか言うんじゃないだろうな」
「約1名、そういう奴がいます」
「やっぱり。じゃあ言っておいてくれ。お前が泣いても、俺は許さないって」
「わかりました、教授」
学生はそう言うと、研究室を後にした。
研究室の奥から、一人の青年が出てきた。
金髪に漆黒の瞳。
その顔つきはスターによく似ていた。
「ライズ。用具の整理は終わったか」
「ああ、終わったよ、父さん」
スターの問いに対し、青年は答えた。
青年の名はライジン・スターダンス。
普段は「ライズ」と呼ばれている。
スターの息子だ。
だが、この二人は親子という感じはしなかった。
実は、彼らは人間ではない。
外見は人間そっくりだが、
彼らは「星士」という種族だった。
星の力を生命の糧として生きている。
スターもライズも、実年齢よりずっと若く見える。
「ところで、研究発表にみんな間に合いそうなのか」
「間に合ってくれなきゃ困る。間に合わないと嘆いても、俺は何もしないが」
「父さん、去年もそんなこと言ってたよね。そして、俺が手伝わされた」
「あー、そういえばそうだったな」
スターは、ある人に目をとめた。
「聖斗助教授じゃないか」
「ほら、校内に入ってくるぞ」
スターの指摘に、ライズも窓の外を見る。
銀髪の聖斗は、
エウテルペ大学医学部に所属している。
「何の用だろう」
ライズが言った。
「もう昼時だし、誰かに食事に誘われたんじゃないのか」
スターが推測した。
ライズが、こんなことを訊いた。
「聖斗助教授って、いつから医学部にいるんだっけ」
「そういえば、いつからだろう?」
スターも、それを思い出せなかった。
誰も、聖斗助教授が
いつから医学部に在籍しているかわからない。
(何か不思議な雰囲気がある・・・)
スターはそう感じた。

1.国語の勉強

今日も晴れていた。
エウテルペ城下町は、今日も賑わっている。
どこかへ遊びに行く途中の子供たち。
店先に並ぶ品物をじっくり見る人。
暑いからどこかで休もうとしている若者たち。
いろいろな人がいる。
そんな中で、
何やらおろおろしている男がいる。
薄い黄緑の髪に、細い目。
腰には短剣がある。
街行く人に声をかけるが、
うまく言葉が話せず、
話し掛けられた人も戸惑う。
その様子を目に留めた青年がいた。
首の途中まで伸ばした金髪に紅い瞳。
彼こそ、このエウテルペの北に隣接する
ダナエ王国の王族のマクロス・ダナエだ。
あの人、チュルホロ語圏の人かな。
マクロスは、
あの男が発する言葉に
チュルホロ語特有の訛りがあることに気づいた。
このエウテルペやダナエ、
南に隣接するアマンダ王国の母国語は
エウテルペ語である。
チュルホロ語は、
はるか西の大陸の国々で使用されている。
マクロスは、
主要な国の言葉をしゃべることができた。
「あの、何かお困りでしょうか」
マクロスは、チュルホロ語で話し掛けた。
男は、ほっとした表情を浮かべた。
「た、助かります」
「チュルホロ語圏の人だったんですね。この国では、一般の人はチュルホロ語を知ってい
る人がいませんからね」
「実は、この人を捜しているんです」
男はそう言うと、1枚の写真を出した。
写真に写っていたのは、
エメラルドグリーンの髪に水色の瞳、
高貴な顔立ちの人物だった。
左目の下には傷痕がある。
マクロスは、この人物をよく知っていた。
「この人なら、これから俺が行く場所にいるかもしれません。一緒に来ますか」
「ありがとうございます」
男は、マクロスと一緒に行く事にした。

マクロスが行こうとしていた場所は、
盗賊ギルドだった。
ダナエでは、盗賊が容認されていない。
マクロスは、エウテルペの盗賊協会に所属して
盗賊として活動している。
「着きました。盗賊ギルドです」
マクロスはそう言って、男を中に入れた。
「こんにちは」
「こんにちは、マクロス様」
ギルドのカウンターにいた人物が挨拶を返した。
紫の髪のこの人物は、
盗賊協会の役員のチェックメイトである。
「ところで、そちらの方は」
「実は・・・」
「よお、マクロス」
プリンスが、マクロスに声をかけてきた。
マクロスは、いいタイミングだと思った。
プリンスが、写真の人物だった。
男の姿を見て、チュルホロ語でこう言った。
「風(かぜ)、なんでこんなところにいるんだ」
「若、捜しましたよ」
「俺は家出したんだ。お前が捜す必要なんかないだろう」
「国民は、若がいなくなったので大騒ぎです。さあ、帰りましょう」
「いやだ。俺はエウテルペ盗賊協会所属の怪盗プリンスだ」
プリンスは、ジスロフ帝国の王子。
西にある大陸の中で、最も大きな国である。
現在の王は、暴君で有名だ。
『そう「困ります。どうかお戻りください」
「絶対に帰らない。お前一人で帰れ」
「あの、チェックメイトさん」
「マクロス様。お二人の会話はだいたいわかります・・・」
「チェックメイトさんは、大学でチュルホロ語を習ったんですよね」
「はい。マクロス様のようにはうまく話せません」
「あの黄緑の髪の人は、風という名前のようですね。プリンスのことを若って呼んでいる
から、どうやらプリンスの部下みたいです」
マクロスはチェックメイトに説明した。
「若がそう言うなら、私も付き合います。若が飽きるまで付き合いますよ」
「何を言ってるんだ。俺が盗賊に飽きるとでも思っているのか」
「おい、マクロス」
プリンスは、突然マクロスに言った。
エウテルペ語である。
「風をなんとか説得してくれ。俺を連れ戻しに来たらしい」
マクロスは、風に言った。
チュルホロ語である。
「風さん、俺はマクロスです」
「私は風と申します」
「盗賊はガキの遊びではありません。今日のところは引き下がってください」
「そうだぞ。マクロスの言うとおりだ」
プリンスが横から口を出した。
「わかりました。ただし、条件があります」
風は、何か考えついたようだ。
「私も盗賊になります。それでいいでしょう」
「え」
マクロスもチェックメイトも驚いた。
プリンスがいちばん驚いた。
「風、本気なのか」
プリンスが訊いた。
「本気ですよ」
風は答えた。
「本当に本気だろうな」
プリンスが念を押す。
「ええ、本気です」
風の考えは、変わらないようだ。
「お前はエウテルペ語をちゃんと話せるんだろうな。チュルホロ語なんか通用しないぞ」
「・・・」
風は、固まった。
チェックメイトは、これから大変だと思った。

長く美しい黒髪に茶色の瞳を持つ少女が、
ギルドを訪れた。
額にはゴーグルがあしらわれている。
「こんにちは、加奈様」
チェックメイトが挨拶した。
この少女の名は加奈。
エウテルペ城下町に住む盗賊だ。
小学生だが、盗賊としての腕前は超一流だ。
「夏休みの宿題は、進んでいますか」
チェックメイトの問いに、加奈は明るく答えた。
「あと少しで終わりますよ」
「そうですか。それはよかった」
そこへ、マクロスがやってきた。
奥にある休憩室(兼酒場)にいたのだ。
「加奈ちゃん」
「マクロスさん。今日は訓練だったんですか?」
「そのつもりだったんだけど」
マクロスのこの言葉で、
加奈は、何か事情があると感じた。
「実は、プリンス様を迎えに来られた方がいるんですよ」
チェックメイトが、説明する。
「どういうことですか」
「プリンス様は、ジスロフ帝国の王子様だったのです。プリンス様が家出して、国が混乱
しているから、プリンス様の部下が連れ戻しに来たんです。プリンス様は帰ろうとしませ
ん。部下の方も盗賊になると言い出したのですが」
チェックメイトの説明に引き続き、
マクロスが言う。
「部下は風っていうんだけど、エウテルペ語が全くと言っていいほど話せないんだ」
「それは苦労しますよ」
加奈は、前途多難だと思った。
「プリンスさんは、ジスロフ帝国の王子様だったんですか。あの暴君に嫌気がさして逃げ
出してきたなんて」
「あはは、プリンスがエウテルペに来た理由は想像がつく。エウテルペはこの世界で最も
強大な国だ。ダナエやアマンダとの友好関係もある。軍事や武力ではダナエと並ぶジスロ
フ帝国でも一目置く存在。だから、プリンスはこの国に来たんだ」
マクロスが、笑って言った。
「エウテルペに手出しすれば、ダナエが必ず動く。戦争になれば両国に大きな被害が出る
。だからそう簡単には手が出せないということですね」
「その通りだ、チェックメイトさん」
「エウテルペを敵に回すなんて、馬鹿げた考えですよね」
加奈は、つくづくそう思った。
風は、プリンスがわがままを言っても
この国なら付き合うことができると考えた。
「で、風さんの上達はどうなんですか」
加奈は、訊いた。
「うん、覚えは早いよ。1ヶ月くらいで、こっちの言葉は話せるようになるだろう」
マクロスが答えた。
「プリンス様は、エウテルペ語を完璧に話していましたよね」
チェックメイトの指摘に、
マクロスも加奈もうなずいた。
「幼少のころから、エウテルペ語を勉強していたんじゃないのか」
マクロスの言葉に続いて、加奈が言った。
「私もそう思います。プリンスさんのエウテルペ語は全く訛りがないし」
「ふー」
プリンスと風が、酒場から出てきた。
「マクロス。逃げるんじゃねえ」
「逃げてなんかいない。風さんは覚えが早いから、俺がいなくてもいいと思ったんだ」
「おい、風。エウテルペ語でここにいる人たちに自己紹介してみろ」
プリンスは、風にチュルホロ語で指示した。
「はい」
風は、片言のエウテルペ語で話し始めた。
「私は風といいます。若の付き人しております。どうかよろしくお願いします」
「すごい、風さん」
加奈が、拍手した。
風は、ぺこりとお辞儀をした。
「若、こちらの方々は」
チェックメイトが、風に声をかけた。
チュルホロ語である。
「私は、盗賊協会の役員をしているチェックメイトと申します。盗賊になられるのなら、
ぜひとも会長にお会いしてください。お待ちしております」
「チェックメイトさんですね。若がいつもお世話になっております」
風は、チェックメイトに挨拶した。
加奈は、チュルホロ語がわからない。
「加奈、風に自己紹介してくれ」
「はい」
加奈はプリンスに返事をしてから、
ゆっくりと風に言った。
「風さん、はじめまして。私は加奈です。盗賊協会に所属しています。どうぞよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
風は、エウテルペ語で答えた。
プリンスは、風に訊いた。
「お前、マクロスに失礼をしていないだろうな」
「は、何ですか」
風はきょとんとした。
「お前、世界地理は詳しいよな」
「自分で言うのもなんですが、詳しい方かと」
「よし。この国の名前は」
「エウテルペですね」
「そうだ。エウテルペの北に隣接する小国の名前は」
「ダナエです」
「マクロスのフルネームは、マクロス・ダナエっていうんだ。これでわかったな」
「ええっ」
風は、本気でびびったようだ。
マクロスは、ため息をついた。
国名が名字になっている人物は、王族の証しである。
「プリンス、今日はこのくらいにしておこう。いきなり詰め込むのはよくない」
マクロスが言う。
「風、今日はここまでだ」
「はい」
プリンスの言葉に、風は心底ほっとしたようだ。
「なんだか、大変そうですね」
加奈は、風の様子を見て言った。
こうして、はるかなる旅人は
エウテルペに住む事になったのである。

2.盗みの依頼

風は、国外の者が城に入れたことに驚いた。
「エウテルペ城は、一般庶民にも開放されているんだよ。国外の者でも関係ない」
プリンスが、教えた。
「そうでしたか」
風は、感心しているようだ。
「マクロス様」
廊下の向こう側から、紫の髪の男性がやってきた。
額には星型の刺青がある。
彼は、マクロスの付き人の聖戦士・魔王だ。
「お帰りなさいませ」
「オクタビアン様は」
「本日2時30分より会議ではありませんか」
魔王の言葉に、
マクロスは、
風とオクタビアンを会わせるつもりだった。
「こんちは、魔王さん」
「プリンスさん、こんにちは」
プリンスが、魔王に挨拶した。
「マクロスは、会議のことを知らなかったのか」
「昨日お知らせしたはずです」
「すっかり忘れてたんだよ。まだ3時か。今来ても意味がなかった」
「ところで、そちらの方は」
魔王が、風に気づいて訊いた。
「プリンスの付き人の風さんだよ。プリンスを追ってエウテルペまでやってきたんだ」
マクロスが、説明した。
会議が終わるまで、マクロスと魔王は
プリンスと風にエウテルペ城を案内した。
大広間の前で、エウテルペ王国第二王子の
エボリ・ウイング・エウテルペに会った。
藍色のうねった感じの髪に、緑色の瞳。
腰には、パイプ銃が下げられている。
「お帰りなさい、マクロスさん」
「ただいま、エボリ君」
「よお、エボリ・ウイング」
「ところで、そちらは」
エボリは、風を見て訊いた。
「プリンスさんの付き人の風さんですよ、エボリ様」
魔王が説明した。
「エウテルペ王国の王子様でしたか。お会いできて光栄です。風と申します。プリンス様
の付き人をしております。どうぞよろしくお願いします」
「ところで、風さんはこれからどうするんですか」
エボリは、訊いた。
「私は、若を連れ戻しに来たのですが、若は戻らないとおっしゃるのです。こうなったら
、私も若が帰ると言うまで、ここにいるつもりです」
風は答えた。
「こっちの言葉がわからないっていうのは困るから、魔王さんにエウテルペ語を教えても
らうことになったんだ」
プリンスが、説明した。
「そうだったんですか。よかったですね、風さん」
エボリの言葉に、風はうなずいた。
「じゃ、行くか」
プリンスが、先に進む。
「では、私はこれで」
「失礼します、エボリ様」
マクロスは、魔王に先に行っていろと目で合図した。
「プリンスはジスロフ帝国の王子だってことですか」
エボリは、マクロスに訊いた。
「やっぱり、エボリ君にはわかったか」
「以前、プリンスが自分のことを少しだけ話してくれたことがあるんです。城から逃げて
きたって。チュルホロ語圏で暴君が治めている国といったらジスロフ帝国ですよね」
「それを、他の人に言う気は」
「ありませんよ。俺が話すことじゃない。マクロスさんだってそうでしょう」
「俺も話そうとは思わない。本人が話したがらないことだし」
エボリは、何か思い出した。
「そうだ。マクロスさん、ギルドに出された依頼を見ましたか」
「そういえば、今日は風さんの騒動で見なかったな」
「それじゃ、明日にでも見てくださいよ。城下町の住宅街の人が出したものですけど」
「そんな依頼があるのか。わかった。明日見てみるよ」
マクロスは、プリンスたちの後を追った。

まだ、会議は終わらなかった。
「エボリ・ウイングは会議に出席してなかったな」
プリンスが言った。
「本日の会議は、主に警備に関するものです。王族の出席者はオクタビアン様だけです。
林君は出席しています」
魔王が、説明した。
「ミスター林って、会議に出席するほど偉い奴だったのか」
プリンスは、やけに感心している。
「林君は、兵士補助係だからね。武器の開発を担当しているから兵士たちの意見を聞くの
は当然だと思うよ」
マクロスは言った。
魔王は、会議室から兵士が何人か出てくるのを見た。
「どうやら、会議が終わったみたいですね」
「風、ついてこい」
プリンスは、さっさと女王の執務室へ向かった。
「待ってくださいよ、若」
風は慌てて、プリンスの後を追った。
「どうします」
魔王は、マクロスに訊いた。
「執務室の場所はプリンスも知っているし、オクタビアン様はプリンスを知っているから
、俺たちが行かなくても問題はないと思うけど」
「そうですよね」
マクロスと魔王は、自室に引き上げることにした。
オクタビアン・ドーベル・エウテルペ女王陛下は、
執務室に戻っていた。
プリンスと風が訪ねていったとき、
すんなりと部屋に通された。
オクタビアンは、右目には黒い眼帯がある。
「ご機嫌麗しゅうございます。オクタビアン女王陛下」
プリンスがそう言って、頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました、プリンス君」
オクタビアンは、優しく言った。
「俺の付き人で、風です」
風は、片言のエウテルペ語で挨拶した。
「風さんですね。よろしく」
オクタビアンは、微笑を浮かべて言った。
「オクタビアン様、風は、魔王さんからエウテルペ語を習うため、お城ならびに教会図書
館に出入りします。どうかお許しください」
プリンスが、エウテルペ語で言った。
「私たちは、全く構いません」
「ありがとうございます」
風は、心から礼を言っていた。

次の日。
「いやー、よかったよ」
ギルドにて、
プリンスがほっとした表情で言った。
「なんだかんだ言って、プリンスさんは心配だったんですね」
加奈に指摘されたプリンスは、苦笑いした。
「チェックメイトさん、住宅街の人たちから出された依頼ってありますか」
マクロスは、昨日、エボリから言われた依頼が気になっていた。
「これです。やはり、エボリ様も気になっていたのですね」
チェックメイトはそう言いながら、
壁紙に貼られている依頼をマクロスに見せた。
そこには、こう書かれている。

住宅街にオープンしたドラッグストアは
雑貨屋や商店街のドラッグストアの販売価格より
10倍も高い値段で商品を売りつけます
住宅街のドラッグストアをひどい目に遭わせて下さい。
(エウテルペ城下町住宅街住民一同)

「この依頼、いつからあるんですか」
マクロスは訊いた。
「3週間ほど前からです」
チェックメイトは答えた。
「今まで誰も引き受けないんですか」
「引き受けた人は8人います。皆さん、盗みに成功しています」
「でも、改善されないんだな」
「今でも、このドラッグストアは、最低でも倍の値段で商品を売りつけるんだそうです。
エウテルペ探偵団の調査でわかりました」
マクロスは、納得した。
「マクロス様、どうするんですか」
「もちろん、引き受けるよ。何回も盗みに入られても懲りないなんてな。どうやら、ただ
盗むだけじゃいけないようだ」
「どうしたんですか、マクロスさん」
加奈が、声をかけてきた。
「もしかして、この依頼を受けるのか」
プリンスも、やってきた。
「ああ、そうだよ、プリンス」
マクロスは答えた。
「この依頼、まだ解決していなかったんですね」
加奈は、依頼内容を見て言った。
「マクロス、どうにかできるのか」
プリンスが、訊いた。
「どうにもならない。だけど・・・」
マクロスには、何か考えがあるようだった。

3.不審者

マクロスは、店の下見に来ていた。
早朝なので、辺りには人がいない。
マクロスは、盗賊ギルドに向かって歩き出した。
しばらく行ったところで、彼は立ち止まった。
向こうから誰かやってきたのだ。
マクロスは、慌てて掲示板の影に隠れた。
その人の容姿は、だいたいわかった。
銀色の髪の男だった。眼鏡をかけているようだ。
ギルドとは違う方向に向かっている。
マクロスの位置より少し先に、十字路がある。
男が真っ直ぐ進めば、鉢合わせする。
マクロスは、曲がって欲しいと思っていた。
すると、男は向かって右側に進んだ。
マクロスは、ほっとした。
男の後を、つけてみることにした。
何やら、ただならぬ雰囲気が漂っている。
男は、エウテルペ大学医学部の門をくぐった。
ここで、 マクロスは追うのをやめた。
男は、校舎の入り口で立ち止まった。
そして、かがみこんだ。
遠めでよくわからなかった。
男は、何かを持ち上げている。
そして、そこから消えた。
マクロスは気になったが、
深追いはまずいと思い直した。
マクロスは、ギルドへ向かった。

4.怪盗VS警備員

月が綺麗な夜だった。
もうすぐ、日が変わろうとしている。
こんな時に、住宅街をうろついている者はいない。
月明かりに照らされ、金髪がわずかに動く。
月夜に、怪盗MRDは行く。

ドラッグストアは、住宅街の中心部にあった。
白い無機質な建物だ。月明かりでよくわかる。
青年は、周囲を注意深く窺う。
なるべく人に見られたくない。
敵がこちらの動きを読み、
計画は失敗するかもしれない。
もたもたしていると、警察に捕まる。
青年は、緊張した。
店を襲撃されているのに、
なんで商品の値段を下げないんだろう。
この店は、通常よりも倍の値段で商品を売る。
ちょっと商品が盗まれても、ビクともしないだろう。
それに、協会の盗賊に狙われた場合、
警察は相手にしてくれない。
悪事が明るみに出ないから、
届けを出さないでいる。
となると、
商品を盗むだけでは制裁できない。
青年に、そんな考えがよぎった。
本当に俺がなんとかしないと・・・。
青年は意を決して、
静かに建物へと近づいていった。

青年は、裏口の鍵を針金を使って開けた。
そして、店の中に侵入した。
息を潜め、辺りを窺う。
高い位置にある窓から月明かりが差している。
よく耳を澄ませた。
彼は、足音に気づいた。
音からして、人間が複数。
やはり、一筋縄ではいかないようだ。
だが、弱気になって引き下がれるか。
どうする?
開き直って、喧嘩を売るか。
余計な戦いを挑めば、やぶ蛇になる。
青年は、靴の裏に消音マットを装着している。
なるべく、穏便に事を進めたい。
青年は、慎重に動き始めた。
「誰だ」
突然、後方から叫ばれた。
しまった!
余計な事を考えていたため、ばれてしまった。
俺としたことが・・・。
青年は、腹が立ってきた。
「貴様、一体何者だ」
向こうにいた人物が、こちらに訊いてくる。
それを聞きつけた他の二人も、やってきた。
月明かりをたよりに、敵の姿を観察した。
敵は三人で、黒い鎧に黒い兜を身につけていた。
腰に小型の拳銃があった。
店に雇われた警備員のようだ。
敵の三人は、横に列になって
青年を追い詰めようとしている。
「さあ、名を名乗れ」
警備員Aが叫んだ。
青年は、堂々と答えた。
「怪盗MRDだ」
警備員Bが、後方に回りこんだ。
「ほう、お前が噂の怪盗か」
警備員Aは、こちらに拳銃を向けた。
その少し後ろに、もう一人の警備員が控えている。
青年は、少し後退した。
「逃げられんぞ」
後方から声が聞こえた。
通路の出口に、警備員Bが立ちふさがっている。
「さて、何して遊ぶ?」
青年は、挑戦するように言った。
「ふん、たいした余裕だな」
警備員Aは、拳銃の引き金に手をかける。
そして、警備員が拳銃を発砲した。
パァン!
銃声が響き渡る。
だが、銃弾は店の床に当たった。
警備員の視界から、青年の姿が消えた。
「むっ」
「どこだ」
警備員AもBも焦る。
次の瞬間、
「ぐわっ」
警備員Aが、前方に倒れた。
「くそ」
警備員Aは、後ろに人の気配を感じたので
身体を起こしてそちらを見た。
いつの間にか、青年がいた。
よろめきながら、再び拳銃を構える。
「うっ」
警備員Aは、またよろめいた。
青年は後ろから警備員Aに抱きつき、
湿った布を鼻と口を覆うように押さえつけた。
警備員Aは、ぐったりと倒れた。
「貴様、何をした」
警備員Bが、こちらに近づきながら叫んだ。
青年は、笑みを浮かべた。
警備員Bに向かって走り、
湿った布を同じように使った。
警備員Bもまた、ぐったりと倒れて動かなくなった。
青年は、もう一人の警備員のほうを見た。
「残るはお前だけか」
青年はそう言いながら、警備員を睨みつける。
警備員には、戦意が感じられなかった。
青年は、警備員Aに拳銃を発砲される直前に
高く跳び上がって後方に移動していた。
その動きは、
俊足という表現では収まらないほどの瞬速だ。
さすがに、警備員も戦意をなくした。
まだ一人いるみたいだな。
そいつを捜すとするか。
青年は、そいつを捜さない限り、
この事件は解決しないと思っていた。

店の奥に、鍵がかかっている扉を見つけた。
この扉、目立たないところにあった。
商品の棚に隠れるような位置にあった。
青年は、鍵を調べた。
ちゃんとかかっている。
青年は、開錠を始めた。
しばらくして、鍵がガチャリと外れた。
そうだ。
扉を開ける前に、耳を澄ませる。
その向こうからは、物音がしない。
行ってみるかな。
青年は、静かに扉を開けた。
その先は真っ暗だった。
奥に、もうひとつ扉があった。
その扉と壁の隙間から、明かりが漏れている。
その先に何かがある。
青年は、扉に近づいた。
扉に耳を当て、集中する。
誰かいるようだ。
何やら、紙の音がする。
扉の取っ手を見てみた。
鍵がついていない。
どうする?
青年は、勢いよく扉を開いた。
部屋にいた人物が、何事かと彼のほうを見た。
そこは、あまり広いとは言えない部屋だった。
粗末な机と椅子が1脚。
向かい側には棚がある。
その棚の上に、
何やら頑丈そうな箱があった。
机の上には、何かの帳面があった。
店の売上を記録した帳簿らしい。
人物は、白い鎧を着ていた。兜も白い。
腰には、剣を収めたさやがあった。
ちょっと厄介だな。
青年は、対処に困った。
「お前、何者だ」
人物は、訊いてきた。
「俺か。名乗るほどのもんじゃない」
「ちっ、あいつらは役に立たんな」
「あんたは、警備員とは違うようだな」
「私は上級警備員だ」
人物は、誇らしげに言った。
上級警備員は拳銃を抜き、発砲した。
壁に穴が空く。
「かわしたか」
上級警備員はそう言って、にやりと笑う。
次の瞬間、上級警備員の指から光線が発せられた。
「どうだ」
「うわっ」
青年は、この光をまともに受けてしまった。
どうやら、魔法攻撃のようだ。
青年は、これがどうしたんだという表情で相手を見た。
そして言った。
「今度はこっちから行くぞ」
相手に向かっていき、右手を振り上げた。
そして、攻撃を放った。
右の平手のあと、すぐに左の平手。
合計7発のビンタを、相手の身体に食らわせる。
これは、張り手という武術である。
技としては原始的だが、
その威力は他の技に決して劣らない。
「なかなかやるな」
上級警備員は、ダメージは食らったようだ。
防御に長けているのか。
青年は、手強いと思った。
だったら、こっちでいくか。
「どうした。恐くなったのか」
上級警備員は、いい気になったようだ。
「おい、こんな狭いところで戦うのはセンス悪いだろう」
青年は そう持ちかけた。
「ならばどうする」
上級警備員は、問いかけた。
「そうだな。話合うか」
「ふん、泥棒と話すつもりはない」
「住民たちが困っているんだが」
「知ったことか」
上級警備員は、素っ気ない。
「日を改めるとするか」
青年は、扉から出ていった。
さて、こいつは何をやってたんだろう。
青年の手には、帳簿があった。
帳簿を盗んでいたのだ。
店の帳簿は二つあった。
ひとつは、通常の倍の値段で売りつけている記録。
ひとつは、通常の値段で売っている記録だった。
まったく、ほんとに悪人だな。
青年はそう思いながら、店を後にした。

5.若手助教授

ラアラ・スターダンスは、
城下町の書店へ出向いた帰りに彼を見かけた。
エウテルペ大学医学部の若手助教授。
医学部のみならず、工学部の先生方や学生たちにも人気がある。
せっかく会ったのだから、声をかけても悪くないだろう。
「聖斗先生」
「おや、ラアラさん」
彼は、ちゃんと自分に気づいてくれた。
美しい銀色の髪の男は、いつも柔和な表情を浮かべている。
縁なし眼鏡の奥に、細い目。
額には、十字架の模様が施されているバンダナを巻いている。
ラアラ・スターダンスは、金髪に茶色い瞳の少女だ。
年齢は16歳。可愛らしい面持ちだ。
「今日はお休みなんですか」
ラアラの問いに、聖斗は笑いながら答えた。
「今日から1週間は、教職員みんな休みですよ」
「あ、そうでした」
ラアラは思い出したように言った。
彼女の祖父、スター・スターダンスは、
エウテルペ大学工学部で地質学の教授をやっている。
父であるライジン・スターダンス、
通称ライズは、その助手で秘書で護衛なのだ。
スターがライズをこき使っているように見えることも、しばしばある。
そんなスターもライズも、昨日、
「あー、明日からやっと本当の夏休みだ」
と言っていた。
「でも、病院に関係のある先生は、本当に休みというわけじゃないんでしょう」
「そうですね。いつ急患が来てもいいようにはなっています。私は、研究室での論文が、
やっと一段落しまして」
「聖斗先生は、病院には行かれないんですか」
「実はそうなんですよ。大学での講義がメインなので」
ラアラは、聖斗が医学部の助教授であることは知っていたが、
医師ではないことも知っていた。彼は「僧侶」なのだ。
この世界にある、いろいろな魔法。
その中に、治療や治癒といった回復の魔法がある。
それらを修行で身につけ、自分の力とした者を僧侶と呼んでいた。
ちなみに、回復魔法を専門的に扱う人を僧侶と呼ぶ。
回復魔法の他に、
いろいろな魔法を習得している者が僧侶と呼ばれることは少ない。
また、稀に生まれつき回復魔法が備わっている者もいる。
エウテルペ王国第一王女ミルテ・ヴェガ・エウテルペや、
メフィスト・カカオマスの妻エリスもその一人だ。
生まれつき回復魔法の能力を持つ者は、
その能力を生業としなければ僧侶とは呼ばれないのだ。
エウテルペ大学医学部は、
数年前から回復魔法の医療も授業に取り入れるようになった。
回復魔法を実際に使いこなせる者は少ない。
魔法を苦手とする学生だって多数いる。
なので、
回復魔法とはどんなものかという講義がメインとなっていた。
実践は、特別コースの学生のみが行うものだとラアラは聞いている。
「回復魔法って、治せるのは怪我や毒、麻痺といったところなんですよね」
「そうです。病気は治せないんですよ。回復魔法が使えれば医者はいらないと勘違いして
いる人もいますが、決してそうではありません。それに、よほど強力な回復魔法でない限
り、それは応急処置でしかありません。やはり、専門家にちゃんと診てもらったほうがい
いです」
ラアラの問いに、聖斗は優しく答えてくれる。
こういう人だから、彼は医学部や工学部の人たちに人気がある、
ラアラはそう思っていた。
「ところで、ラアラさんはこれからどこかへ出かけるのではなかったのですか」
「いいえ、私はこれから帰るところなんです。これを買いに行っていたんです」
ラアラは、書店で買った世界科学雑誌の最新号とエンエン君の最新刊を聖斗に見せた。
「ラアラさんも、おじいさんやお父さんと同じく、世界科学雑誌を読むのですか」
「はい。私も、いずれは祖父のように土質や地質を研究したいと思っています。もっとも
、世界科学雑誌は祖父に言われて買ったんですけどね」
「じゃあ、メインはエンエン君ですか」
「だって、おもしろいじゃないですか」
「確かに、エンエン君はおもしろいですね」
「でしょう」
エンエン君は、新聞の4コマ漫画だ。
幅広い年齢層から支持を得ている。
「せっかく会ったことですし、どうです、一緒に軽食でも」
聖斗の誘いに、ラアラは喜んで賛成した。
「いいですね。すぐに帰ってこいとは言われてないし、お昼にはまだ時間があるし」
「じゃ、行きましょうか」
「はい」

加奈は、黙ってその場を立ち去り、
アパートの方向へと歩き出した。
自分の部屋ではなくプリンスの部屋に行った。
その時、プリンスはどうしていたかというと・・・。
「おい、風。かき氷でも作ってくれよ」
「若、かき氷を作る道具はあるのですか」
かき氷が食べたくなったのだが、肝心の道具がこの部屋にはなかった。
それにしても、ずいぶん流暢になったものだ、風のエウテルペ語は。
もう、彼らの普段の会話もチュルホロ語ではなく、エウテルペ語になっている。
「まさか、こんなに早くエウテルペ語をマスターするとはな」
「ありがとうございます。これで、私も盗賊協会に登録できます」
「登録は休み明けだぞ」
「わかっておりますよ」
その時、玄関のドアがノックされた。
「誰か来たみたいだ。風、頼む」
「かしこまりました」
プリンスに言われ、風が客人を出迎える。
「はい、どうぞ」
「おはようございます」
ドアを開けたのは加奈だった。
「加奈さん。おはようございます」
「風さん、プリンスさんは」
「ええ、若ならおりますよ」
風は、加奈を部屋に入れた。
「おー、加奈。どうしたんだ」
プリンスは、加奈が部屋に上がってくるなり声をかけた。
「プリンスさん、あの人のことが、少しだけだけどわかりました」
プリンスは、早く知りたいといった様子だ。
「あの人は、聖斗という名前みたいです。ラアラさんが聖斗先生と呼んでいましたから」
「ラアラさん?」
プリンスと風が同時に訊いた。そういえば、二人ともラアラのことは知らないのだ。
「ラアラ・スターダンスさんです。エボリ君たちと仲がいい人で、エウテルペ大学工学部
教授スター・スターダンスさんの孫なんです。ちなみに、星の力を自分の力にできる星士
という種族なんです。見た目は人間そっくりですけどね」
「ああ、聞いたことがあります」
風が言った。
「確か、ノーストリリアの民によって生み出された種族ですよね。そして、星士同士では
子孫を残すことができず、二足歩行の犬のような生物・ヂャウとの間にしか子供が生まれ
ない。星の光を自らの生命力とすることができる。現在は生存している星士はほんのわず
かしかいないと聞いています」
「そのとおりです。エウテルペにも3人しかいませんね。スターさん、その息子のライズ
さん、そしてラアラさんの3人です」
加奈は、風の話にうなずいてから本題に戻った。
「話のつづきですが、ラアラさんの話からすると、聖斗さんはどうやらエウテルペ大学の
医学部の先生のようです。しかし専門は医療ではなく回復魔法みたいです。つまり、お医
者さんではなく僧侶ですね」
「なるほど。僧侶だとしたら悪霊退治でもやってたのか」
プリンスは、加奈の説明を聞いてからそんな推測をした。
「確かに、悪霊退治は夜中に行われることが多いですからね」
風は、プリンスの説には納得がいくというニュアンスを示した。
僧侶は回復能力だけでなく、
この世界にさ迷う霊を沈めたり、
悪霊を退治したりする能力を持ち合わせているのが普通である。
「でも、エウテルペ大学医学部に悪霊が出るなんて聞いたことがないですよ」
加奈は言った。
「みんなが知らないところに出るんじゃないのか。例えば、地下室とか」
プリンスは、あの人物が地下室に潜ったことを思い出して言った。
「じゃあ、マクロスさんがドラッグストアを襲撃した帰りに、地下に潜ったあの人を見た
というのはどうなるんですか。あのときには失敗したから、もう1回挑んだとでも」
加奈は反論した。
「そうだよな。マクロスは2回見かけているんだよな」
「それに、ドラッグストアと宝石店は全く違う方向だと聞きます。全く違う場所を歩きま
わり、最終的にエウテルペ大学の地下室へ潜る。何か意味があるのでしょうか」
プリンスに続き、風も言う。
「ところで、ラアラさんと、その方はどんな感じでしたか」
風は、参考までに訊いておこうと思った。
「何だよ、風。まさか、その二人が恋愛関係になっているとでも思っているのか」
プリンスが、にやにやしながら訊いた。
「違いますよ。ラアラさんは、その方のことをよく知っているようだったのかということ
です。その、夜中に出歩いているということも知っているのかと」
風は、プリンスに慌てて言った。
「そうですね。親しい仲のようでした。だけどそこまで詳しく知っているような仲だとは
思いません。それに聖斗さんも、夜中に出歩いていることを自分でわかっているかどうか
、怪しいものでしたよ」
加奈は、正直に言った。
風は、ラアラが細かいことまで知っていれば、
聖斗という人物がなぜ夜中に出歩いているか、
その理由がわかるのではないかと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。
「おい、加奈」
「何でしょう、プリンスさん」
プリンスは、あることを思い出した。
「その聖斗とかいう人物は、エウテルペ大学医学部の人だって言ったよな」
「はい」
「そいつが、夜中に出歩いている。そして、エウテルペ大学医学部の学生が、最近なぜか
病院に担ぎ込まれている」
「そ、そういえば」
「その事件なら、私も新聞で読んでいます。何か関係があるのでしょうか」
加奈は驚きの声を上げ、風は首をかしげる。
「こりゃ、調査してみる価値がありそうだな。盗賊の仕事はしばらく休みだし」
プリンスは言った。
「若、何をする気ですか」
「決まっているだろう、風。エボリ・ウイングみたいにこの事件について調査するんだ」
自信ありげなプリンスの様子に、風と加奈は顔を見合わせた。

「ちょっと、聖斗様」
誰かが、こちらにやってきた。
ここ、エウテルペ城下町の喫茶店にいた人々は、皆そちらを注目した。
その誰かは女性だった。
黒い髪をふたつに結った、水色の瞳の女性だった。
「おや、小華。どうしたのですか」
聖斗は、その女性に向かって訊いた。
この女性は、小華という名前である。
「どうしたって。誰なんですか、この人は」
小華は、叫ぶように訊いた。
どうやら、ラアラのことを言っているようだ。
「会ったことがなかったんですか。この人はラアラ・スターダンスさんですよ。工学部の
スター・スターダンス教授のお孫さんです」
「え」
聖斗に説明され、小華は目が点になった。
「はじめまして、小華さん。ラアラ・スターダンスです」
ラアラはにこやかに挨拶した。
「あ、は、はじめまして」
小華は、少し焦りぎみに挨拶する。
「それにしても、意外ですね。小華がラアラさんとは初対面だなんて。スターダンス教授
やライズさんとは何回も会っているのに」
「だって、ラアラさんはエウテルペ大学の構内に来ることがないじゃないですか」
聖斗の言葉に、小華は反論する。
ラアラは、急ぎの用がなければ
エウテルペ大学工学部まで行くことはなかった。
また、医学部の前は通ることがあるが実際に入ったことはない。
「ところで、小華さん、聖斗先生に何か用事があるんじゃ」
ラアラの指摘に、小華ははっとした。
「そ、そうだったわ。聖斗様、また出たんですよ」
「え、またなんですか」
「はい。3年生の女子学生です。今朝、病院に運ばれました」
小華が何を言っているのか、ラアラにもわかった。
最近、エウテルペ大学医学部で起こっている奇妙な病気。
夏休み中に学校を訪れた学生が、体調不良で病院に運ばれる。
しかも、突然体調不良になるというのだ。
ついさっきまでは、そんな兆候がまるでなかったのに。
その体調不良だが、それは体の脱力感となって現れるようだ。
そして、体調不良となるのは
医学部の構内にいるときではなく、医学部から出た後である。
すぐに脱力感が現れる者もいれば、
かなり時間が経ってから現れる者もいる。
このような症状が現れるのは、
エウテルペ大学医学部の学生だということがわかってきた。
だが、その原因はわからない。
第一、これまでそんなことはなかった。
今年の夏になって、こんなことが起こり始めたのだ。
「しかし、奇妙なことですね。このような症状が出るのは女子学生だけだ。男子学生には
、全くそんなことが起こらない」
聖斗は言った。
「え、そうなんですか」
ラアラは、思わず訊いていた。
新聞には、エウテルペ大学医学部の学生としか書かれていない。
他に、個人としてわかるのはその学年である。
「そうなの。これまで病院に運ばれたのは女子学生だけ。男子学生や先生方、助手たちに
は、全くそんなことが起こらないのよ」
「だから、小華も大丈夫なんですね」
小華の説明に続き、聖斗が口を出した。
「あ、小華さんは、聖斗さんの助手ですものね」
ラアラは言った。
そう、小華は聖斗の助手である。
このことは、ラアラは予め聖斗から
私には小華という助手がいますという形で聞いている。
「もう、聖斗様。一体どういう意味で言っているんですか」
「ははは、悪かったですね。ところで、小華も一緒にどうですか。おごりますよ」
聖斗に言われた小華は、すぐに乗り気になった。
「じゃ、お言葉に甘えて」
それから昼頃まで、3人はいろいろなことを話していた。

6.盗賊と探偵

朝食を食べているマクロス・ダナエのもとへ、
エボリ・ウイング・エウテルペがやってきた。
「そうだ、このことを話しておこう」
マクロスは、カカオマス家において
あのことをエボリに話すと決心していた。
「あのこと」
エボリは訝った。
エウテルペ大学医学部の学生に起こっている奇妙な事件と
ドラッグストア襲撃事件の帰りに見たあの男のことを話した。
エボリは、マクロスの予想どおり真剣に聞いていた。
「ってわけなんだよ、エボリ君。もしかしたら、あの人が夜中に地下に潜っていることと
、医学部の学生が妙な目に遭うことに関係があるんじゃないかと思ってね。全く関係がな
いことかもしれないけど。でも、夜中に出歩いて医学部の地下に潜るのはどうも怪しいと
思うんだ」
「確かに、夜中に地下に潜るっていうのは怪しいですね。誰にも見られたくないことなん
でしょうか」
「1回、早朝にも見たけど・・・。だけど、俺たち盗賊がそんなことを調査するわけにも
いかないしな」
「だから、俺に話したんですね」
「そういうこと。で、エボリ君、調査する」
マクロスの問いに、エボリは即答した。
「もちろんですよ。俺も新聞で読んでて、医学部の学生に起こる現象が不審だと思ってた
んです。夜中にそんなことをしている人がいるなんて聞いたら、何かの手がかりになるん
じゃないかと思いますよ」
「ありがとう。俺も協力するよ。自分が見たことだし、自分で持ち込んだ事件だからね。
それに、ギルドはしばらく休みだし」
「助かります、マクロスさん」
こうして、マクロスはエボリに依頼を出すことに成功したのである。

「まずは、新聞記事を調べてみましょう」
エボリは、エウテルペ大学医学部の学生が襲われている現象について、
何らかの法則があるかもしれないと思ったのである。
「じゃ、教会図書館へ」
マクロスは訊いた。
「そうですね」
エボリが答えたときだった。
「おい、エボリ。何かあったのか」
逆立った金髪に鋭い目つきの林が声をかけてきた。
林の腰には、パイプ銃があった。
エボリが携帯しているものとは、少しだけ型が違っている。
「林。実はマクロスさんからちょっと相談を持ちかけられてな」
エボリは、これまでのことを簡単に説明した。
「なるほど。医学部の学生が襲われている現象については、俺も怪しいと思ってたんだ。
マクロスさん、俺も調査しますよ。いいでしょう」
林はすっかり乗り気だ。
「もちろんだよ、林君」
マクロスはあっさり承諾した。
というわけで、3人は教会図書館に向かった。
マクロス、エボリ、林が教会図書館にあった新聞を見た結果、
次のことがわかった。
まず、この現象は今年の夏のはじめから起こり始めたということ。
次に、謎の現象に襲われるのはエウテルペ大学医学部の学生であるということ。
工学部の学生や、城下町の人々は襲われないのだ。
そして、襲われる学生は1回につき1人だけだということ、
一度に2人以上の学生が体調を崩すということはないという。
「1回につき1人って。どういうことなんだろう」
エボリは首をかしげた。
「集団で具合が悪くなるってことはないんだから、医学部の構内に毒ガスが充満している
とか、そういうことはないってことだよな」
林の言うことはもっともだった。
「日にちに法則性はないみたいだね」
マクロスは、事件のことが書かれている新聞を見比べて言った。
「そういえば、1週間おきとか、3日おきとか、そういうことはないですよね」
エボリはうなずく。
「ん?」
マクロスは、いちばん最後にあったこの事件の日付に注目した。
「これ、俺がドラッグストアを下見した日じゃないか」
「な、何だって」
「それ、本当ですか」
エボリと林は、マクロスが見ていた新聞の日付を確かめた。
そして、その日にマクロスは謎の男を目撃して後を追った。
「やっぱり、この事件にはあの人が関係しているのか」
「でも、まだわかりませんよマクロスさん。だって学生の具合が悪くなるのって夜中じゃ
ないでしょう」
林の指摘に、マクロスは、それもそうかという考えになった。
だが、どうも気になる。
確かに、学生の具合が悪くなるのは夜中ではない。だが学校にいるときに具合が悪くなる
ということもないのだ。
「新聞には、学校にいるときに具合が悪くなった学生がいるなんて書いてないよな。学校
から出てすぐに具合が悪くなったとか、家に帰ってから具合が悪くなったとか。いずれに
しろ、学校にいるときは具合が悪くならないんだよな」
エボリは、なぜ学生が学校にいるときには具合が悪くならないのか少し気になった。
「具合が悪くなる時間もばらばらだよな」
林は、この事件に法則性がないことを知って
新聞から手がかりを見つけるのは無理ではないかと思い始めた。
「おい、まただってな」
教会図書館に来ていた中学生が、一緒に来ていた友人に小声で話した。
「何がまたなんだ」
「ほら、医学部の学生の具合が悪くなるってやつだよ。今朝、またあったんだとよ」
このせりふに、マクロスもエボリも林も聞き耳を立てた。
「ええっ、今朝あったのか」
「ああ。俺の家の近所に住んでいる人なんだけどよ、今朝早く病院に行ったみたいだぜ」
「今朝か」
エボリは、中学生の会話を聞いてから言った。
「あの人」
マクロスは、やはりあの男が何か関係があるのではないかと思った。
「やっぱり、あの人は何か関係がある。だって、昨夜も見かけたんだぞ」
「そうですよね。マクロスさんが謎の男を見かけた日から、医学部の学生の具合が悪くな
った」
エボリに続き、林が言う。
「そして、その前の被害者が出る前、マクロスさんが謎の男を目撃している」
「あの人が何かやっているのか、それとも、医学部の地下室に何かあるのか」
マクロスは、エウテルペ大学医学部の地下室に何があるのか気になった。
こんなことが続いているのだ。
あの男が人目につかないようにこっそりと地下室に潜っている以上、
何かあるに違いない。
「地下室に潜入といってもな」
エボリは、どうも気が進まなかった。
彼には(彼だけでなく、マクロスや林もそうだが)、
エウテルペ大学医学部に知り合いがいない。
知り合いがいれば調査の許可をとるのは簡単だが、
そうでもなければ、かなり面倒な手続きを踏まなければならない。
それに、マクロスが見かけたという謎の男は
人目につかないように地下室に潜っているというのだ。
もしかしたら、医学部の人々は地下室の存在を知らないかもしれない。
「エボリ、これ以上放っておいたら被害者がどんどん出ると思うぜ」
林が言った。
「だけど、どうやって調査するんだ。確かにマクロスさんが見かけた謎の人物は怪しそう
だけど、この事件を起こしている張本人と確定したわけでもないし」
エボリは、相当厄介な事件だと思っているようだ。
「うーん。やっぱり、地下までつけたほうがよかったのか」
マクロスは、決して無理をしないようにしている。
不確定要素に無理に首を突っ込むのは愚かなことだと思っている(
そうプリンスにも話していた)。
「何やってるの、エボリ兄さん」
誰かが声をかけてきた。
「お、トロス」
エボリは、その人物の名を言った。
彼は、トロス・ブライアン・エウテルペ。エウテルペ王国第三王子だ。
短めの金髪に、茶色い瞳。
腰には、細身の剣が収められたさやがある。
「実は」
エボリは、トロスにも事件のことを話した。
「あの事件ね。僕も気になってたんだよ。なんか、前に本で読んだことがある事件に似て
いると思って」
トロスの言葉に、マクロスたちは驚いた。
「トロス君、前にも似たような事件があったって本当」
マクロスが訊いた。
「はい。前というより、本当に昔ですけど」
「どんな事件だったんだよ、トロス」
林が、早く聞きたいという調子で問う。
「まあ、落ち着いてくださいよ林さん」
トロスはそう言ってから、
前に本で読んだことがある事件について、かいつまんで話した。
「1年くらい前に、ここで借りた本に書いてあった事件なんですけど、とある魔人の話な
んです。この魔人は人の魂を食らう恐ろしい魔人で、勇敢な戦士たちが挑んでもことごと
くやられたそうです。魔人のターゲットとなるのは生命力に満ち溢れている若者です。特
に、女性を好んだそうですよ。しかも医学に優れている人の魂を狙うことが多かったよう
です。医学を知っておけば自分が傷ついてもすぐに回復できるからでしょう。この事態を
重く見た当時のエウテルペ王は、魔人をやっつける方法をなんとしてでも考え出そうとや
っきになっていました。そんなある日、一人の暗殺者が王のもとを訪れ、あの魔人をなん
とかしてやると言ったそうです。そして、暗殺者はある場所に地下室をつくり、そこに魔
法陣を描きました。その後、暗殺者は魔人を地下室におびき寄せ封印したといいます」
「エウテルペ王が絡んだ話だったのか。俺は、そんな話を歴史では習わなかったぞ」
エボリが言った。
「エウテルペ王が絡んだのはちょっとだけだからね、エボリ兄さん。僕もその本を読むま
で知らなかったよ」
「で、何が今回の事件と似てるんだトロス。確かに若い人が狙われて、しかも医学を知っ
ている人がターゲットになるって部分は似ているが」
林が訊いた。
「そうそう、この魂を食らうって部分ですけれど、魂を食われた人は身体の脱力感を訴え
たそうです。そして暗殺者が魔人を封印するまで、ずっと寝たきりだったとか」
トロスの答えに、マクロスたちは顔を見合わせた。
「じゃあ、エウテルペ大学医学部の学生はその魔人に魂を食われたってことなのか」
マクロスが訊く。
「そういえば、魔人は殺されたんじゃなく封印されたって」
エボリの言葉の続きを、林が言った。
「その魔人の封印が解けたってことなのか」
「可能性はあります。僕はこの話を読んだとき、御伽噺だと思ったんですよ。だけど最近
起こっている事件を目の当たりにして、もしかしたら実話じゃないかって思えてきた」
トロスは、林に言った。
「まさか、その魔人が封印された地下室っていうのが、エウテルペ大学医学部の地下室」
マクロスの言葉に、エボリも林もトロスもぞっとした。
「その可能性は十分ですよ、マクロスさん」
林が言った。
「すると、マクロスさんが夜中に見かけた人は、実は魔人」
エボリが、そんな考えを口にした。
「いや。見た感じは普通の人だったけど」
マクロスはそう言って、ふと考えた。
そう、確かに見た感じは普通の人だった。
だけど、何だろう。雰囲気が普通じゃなかったというか。
そうなのだ。あの人物は、どこか普通ではない雰囲気があった。
「トロス君、その魔人って単独で活動してたわけ」
「ちょっと待ってくださいね、マクロスさん。記憶違いがあるといけないので、あの本を
探してきます」
トロスは、一旦その場を離れた。
しばらくして、トロスは1冊の本を持って戻ってきた。
「ありましたよ。これです」
「早く見せてくれ」
林に促され、トロスはあの話が書いてあったページを開いた。
「えーと、あ、ほら、ここ。この魔人は自分と精神が同調しやすい人間に乗り移って活動
していたって書いてあります」
「本当だ。すると、マクロスさんが見た人物にその魔人が乗り移っている可能性があるっ
てことか」
エボリが言った。
「じゃ、その魔人を封印した方法っていうのは」
林が訊いた。
「えーと、この部分ですね。暗殺者は、魔人をおびき出すには魔人が乗り移っている人物
の精神世界に入り込み、精神世界の魔人を倒すことと考えた。(中略)精神世界の魔人は
倒され、魔人は現実世界に姿を現した。現実世界に姿を現した魔人は暗殺者の思いのとお
り、普通に殺すにはあまりにも強すぎた。暗殺者は予め描いていた魔法陣の力により魔人
を封印した、とあります」
「ちょっと、この本、よく読ませてもらえないかな」
「いいですよ、マクロスさん」
トロスは、マクロスにその本を渡した。
マクロスは、その本を読み始めた。トロスの記憶は確かだった。
「すると、戦いはまず精神世界か」
エボリが言った。もう、今回の事件の原因がその魔人にあると決め付けている。
そして、その魔人がマクロスが見かけた謎の男にとり憑いているとまで思っている。
「精神世界の魔人を倒しても、現実世界の魔人を倒さないと意味ないぜ」
林が言った。確かにそうである。
「その本には、現実世界の魔人を倒す方法なんて書いてませんからね」
トロスが言った。
「攻略法なしか」
エボリはそう言って、ため息をついた。
「それに、エボリ君」
ざっと読み終わったマクロスが口を開いた。
「あの人に、このことをどう伝えるのかも考えてないだろう」
「そうですよね」
問題は山積みだ。
あの男に、どうやってこのことを伝えるのか。
「また封印しても、きっとまた出てくるだろうな」
林は言った。
封印は、永遠なものではない。いつか解かれる。
「魔人は絶対に倒さないと」
マクロスの言葉に、エボリも林もトロスもうなずいた。
魔人との戦いは避けられない。
マクロスはそう肝に銘じていた。

7.精神世界

「まず、その人にどうやって話すか」
エボリが言った。
「そして、どうやって精神世界の魔人を倒すか」
林が言った。
「その後、どうやって魔人を完全に倒すか」
トロスが言った。
「全く、対策がない」
マクロスが結論づけた。
そして、4人はため息をついた。
ここは、エボリの部屋である。
ベッド、たんす、クローゼット、テーブルと椅子2脚、
机とそれと対になっている椅子、
本棚、マントかけがある質素な部屋である。
一見、王子の部屋とは思えない部屋だ。
「でも、精神世界には行けるだろう」
林が訊いた。
「ああ、トロスの力を使えばな」
エボリが答えた。
実は、トロスには悪霊退治の力が備わっている。
一般的に言う僧侶のような回復魔法の能力はないが、
霊と戦える力が生まれつき備わっているのだ。
そのためか、彼は万霊節トロスとも呼ばれている。
そしてエボリとマクロスは、以前、精神世界に行ったことがあるのだ。
2年前の夏、マクロスの父であるマクベス・ダナエが
悪霊にとり憑かれるという事件が起こった。
そのときにトロスがマクロスたちを精神世界へ転送して
悪霊を一旦退治し、
現実世界に出てきた敵を完全に倒したことがある。
「精神世界に行く方法はあるけれど、今回の敵が前と同じとは限りませんよ」
トロスが林に言った。
「確か、前の敵は最初にエボリ君がこうさぎの剣で攻撃して、その後、俺とビンティカが
ビンタを連発して倒したんだよね」
マクロスが、思い出したように言った。
「そうです。あのときの敵の攻略法は予めわかっていましたから」
「でも、トロスは思い出したんだよな」
「そのとおりだよ、エボリ兄さん。僕がもっと早く思い出していれば、あんなに苦戦せず
に済んだっていうのはわかってるよ」
そう、トロスは敵の攻略法を本で読んでいた。
というか、事件が起こる前に読んだ本に偶然にも
その敵と同じ種類の霊の攻略法が書いてあったのだが、
戦闘のかなり後になって思い出したため、みんなけっこうダメージを食らったのだ。
ちなみに、そのときの敵の攻略法は
聖なる力を持つ武器で敵を攻撃し間髪入れずに連続攻撃を浴びせるというものだった。
エボリが使用したこうさぎの剣というのが、聖なる力を持つ武器だった。
「どっちにしろ、こうさぎの剣は持っていったほうがいいな。敵にパイプ銃が効くとは思
えないし」
エボリは言った。
「え、エボリ兄さん、精神世界に行く気なの」
トロスが訊いた。
「ああ。だって、俺が引き受けた事件だぜ。俺が行かなくてどうするんだ」
エボリは、当然のように答える。
「俺も行くよ、トロス君。事件を持ち込んだのは俺だし」
マクロスも言う。
「そうですか。エボリ兄さんもマクロスさんも精神世界の経験者だし、文句は言いません
けどね」
トロスの言葉に、林がツッコミを入れる。
「その割には、エボリに文句をいいたそうだったじゃねえか」
「あー、それは言わなくていいですよ」
トロスは、なんだか決まりが悪そうだ。
「林さんはどうしますか」
「トロスが精神世界に転送できるのは5人までだろう。人数が足りなかったら俺も行く」
つまり、行かないってことか。
林の言葉から、エボリはそう結論づけた。
「ところで、5人ってどう集めるわけ」
マクロスが訊いた。
そう、別に5人いなくてもいいのだ。
だが、やはり人数が多い方がいいだろう。
「俺とマクロスさんとで二人。あと3人か。そうだな」
エボリは考えた。
「もしかしたら、スターさんなら事情を話せば協力してくれるかもしれないぜ。医学部と
工学部は隣同士だ。マクロスさんが見かけた人について何か知ってるかもしれない」
林が言った。
「そうだな。スターさんのところに行ってみるか」
エボリは、林の案に賛成した。
「それと、どうやってあの人の精神世界に行くかだけど」
マクロスが、ある提案をした。
「あの人が夜に出歩いているのをつけて地下室に潜ったところを眠らせるかして、それで
精神世界に行くっていうのは。事情を話せなかったら、この手を使うのが妥当だと思う」
「そうですね。もしスターさんが、マクロスさんが見かけた人を知っているなら、スター
さんに事情を話してもらうっていう手もありますよ」
トロスが、追加の案を出す。
「なるほど。スターダンス教授に話してもらうほうが、俺が出した案よりはいいな。俺の
案だと毎日徹夜しなきゃいけないってことになるし」
マクロスは、自分の案が良い案だとは思っていなかったようだ。
「よし、これでどうやって精神世界に行くかは決定した。後は攻略法だ」
エボリが言った。
「で、いつスターさんのところに行くんだ、エボリ」
「今日の午後でいいだろ、林」

というわけで、その日の午後。
マクロスとエボリは、
エウテルペ城下町の学者街にある
スター・スターダンス教授宅までやってきた。
「ここに来るのは久しぶりだな」
「俺は初めてだよ、エボリ君」
「では、行きましょうか」
エボリはそう言うと、ドアノッカーを鳴らした。
「はーい」
中から、少女の声が聞こえた。
「お、ラアラがいるみたいだな」
エボリは呟いた。
扉を開けたのは、案の定、ラアラ・スターダンスだった。
「よう、ラアラ」
「こんにちは、ラアラちゃん」
エボリとマクロスは、ラアラに挨拶した。
「ようこそ。さあ、中へどうぞ」
ラアラは、二人を中に招き入れ、応接室に通した。
マクロスとエボリがしばらく応接室で待っていると、
スター・スターダンス教授が入ってきた。
「ようこそ。固い挨拶は抜きにして、早速本題に入るとしよう」
スターが席につくと、マクロスがこれまでのことを話した。
「というわけで、その人物が、もしかしたら大昔に封じられた魔人にとり憑かれているか
もしれないと思いました。なので、スターダンス教授に協力を求めたいと思っています」
マクロスは、正直言ってこんな話を大学教授が信じてくれるとは思ってもいなかった。
「なるほど。実に興味深い。ぜひ、俺にも協力させてほしいね」
「え、ほんとですか、スターさん」
エボリが訊いた。
「ああ。それに、マクロス王子が見たっていう人物なら心当たりがある」
スターの言葉に、エボリもマクロスも、椅子から飛び上がった。
「それは本当ですか」
「一体誰なんですか」
「まあ、エボリ君もマクロス王子も落ち着いてくれ。マクロス王子が見たっていう人物に
合致する人間を俺は知っている。おそらく、エウテルペ大学医学部の聖斗助教授だ」
スターが出した名前をマクロスが持ってきた手帳にメモする。
本当はこれはエボリと一緒についてきたエウテルペ探偵団の誰かの役目なのだ。
しかし今回は依頼人が自分であることと、
自分が協力できるときは協力することを明言しているので
エボリの助手役をマクロスがやっているのだ。
それにいちばん最初に事件に遭遇したのは自分なのに、
自分の知らないところで事件が進展するのはつまらないと思っていた。
「その、聖斗助教授がどうかしたんですか」
エボリが訊いた。
「実を言うと、俺は聖斗助教授がいつからエウテルペ大学医学部の助教授になっているか
知らないんだ」
スターの意外な発言に、エボリもマクロスも息を呑んだ。
当然、マクロスはメモを忘れない。
「つまり、それはどういうことですか」
エボリは、スターの言うことがわかるような気がした。
だが、はっきりしないところもある。
「聖斗助教授は俺が知らない間に、みんなが知らない間に、エウテルペ大学医学部の助教
授になっていた。誰も聖斗助教授がいつからエウテルペ大学医学部に着任したか、はっき
りと覚えていないんだ。みんな5年前はいなかったと言う。しかし4年前はどうか。3年
前は。というように着任の年がはっきりしていないんだ。それでも聖斗助教授は、助教授
として素晴らしい能力を持っている。僧侶としてとても優れた力を持っているから、あの
若さで助教授になれたと、みんな言っているんだ」
「確かに、俺が見た感じだと20代半ばから後半ってところですよね。あれで助教授って
聞くと驚きますよ」
マクロスは納得している。
「そうだろう。それに俺は、聖斗助教授に何やらただならぬ雰囲気を感じるんだ。うち(
工学部)の学生はそんなこと言わないし、医学部の学生もそんなこと言わない。だけど、
俺には感じられるんだ。何かこう闇の雰囲気というか、そんな感じのものだ」
マクロスもエボリも、スターの言葉にうなずいた。
「スターさん、その聖斗助教授の評判ってどうなんですか」
エボリが訊いた。
「ものすごくいいよ。講義はわかりやすいって評判だし、医学部だけでなく工学部の学生
や先生方とも仲がいいし。それに」
「それに」
エボリが先を促す。
「助手の小華さんとは、特に仲がいいみたいだ。医学部の学生の間では、もしかしたら、
助教授と助手という関係を超えているのでは、とまで噂されているようだ」
スターの言葉に、エボリはそっちを調べてみても面白そうだと思った。
「助手がいるんですか」
マクロスは、これが重要だと思った。
「ああ、やはり助手がいないと苦しいんだろう」
スターは、何を今更と思った。
だが、次のマクロスの言葉にスターもエボリもはっとした。
「その助手って人は、いつから聖斗助教授の助手なんですか。それははっきりしているん
でしょう」
「確か去年の5月から。そうか、それははっきりしている。なのに、なぜ聖斗助教授が助
教授になった年がはっきりしていないんだろう」
スターは、なぜ気づかなかったのかという口調になっている。
「スターさん、助手の小華さんは、助手になる前は何をしていたんですか」
エボリが訊いた。
「確か、ハフナーの町にある寺院で僧侶としての修行を積んでいたとのことだよ。そして
、聖斗助教授が助手になる僧侶が欲しいって言ったら、寺院側が優秀な僧侶を送ると知ら
せてきて、そして小華さんがやってきたというわけだ」
スターは答えた。はっきりした出所だ。
「小華さんは、聖斗助教授がいつから助教授になっているか知っているんだろうか」
マクロスは考えた。
「どうでしょうね。でも、わかったことはありますよ。聖斗助教授は少なくとも去年の5
月にはすでに医学部の助教授になっていたということです」
エボリが言った。
「うーん。エボリ君やマクロス王子たちが出した結論。聖斗助教授が魔人にとり憑かれて
いるっていう可能性は十分だな。魔人のせいで聖斗助教授がいつから助教授なのかわから
なくなっているということは十分考えられる。それにマクロス王子が夜中に聖斗助教授を
見かけた次の日に(あるいはその日に)、エウテルペ大学医学部の学生の体調が悪くなる
。なんだか条件が揃っているな」
スターは、真剣な表情で言った。
「スターさん、いちかばちか聖斗助教授に話してもらえませんか。それとも、うまいこと
おびき出して、俺たちが精神世界に行けるようにしてもらえませんか」
「できるだけのことはするよ、エボリ君。そうだ、精神世界に行くならライズを連れてい
けばいい」
スターの提案に、エボリは驚いた。
「え、勝手に決めていいんですか」
「構わないよ。ライズはこういうことが大好きだ。俺はもう年だし、何があるかわからな
いところへ可愛い孫娘を送り込むわけにもいかないしな」
息子ならどうなってもいいのか。
マクロスはそう突っ込みたくなったが、やめておいた。
スターはすでに60代だが、
見た目は20代の姿である。
これも、この一家が人間ではなく星士であることに関係していた。
「ちょっと、父さん」
ライジン・スターダンス、通称ライズが応接室に入ってきた。
「お、ライズ。なんだ、立ち聞きしていたのか」
「いいや、偶然この部屋の前を通ったら話が聞こえたもので」
「そうか。で、お前はエボリ君に協力しないのか。精神世界に行けるなんて、めったにあ
ることじゃないぞ」
「そりゃ、俺は精神世界に行きたいよ」
「だとさ、エボリ君。これでライズの精神世界行きは決定だ。エボリ君もマクロス王子も
、好きなだけライズをこき使ってくれ」
スターは何か楽しそうだ。
「こき使うだなんて。ライズさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、ライズさん」
「こちらこそよろしく。エボリ君、マクロス君」
挨拶が済んだところで、マクロスは言った。
「これで3人だ。あと2人、どうするエボリ君」
「そうだな。スターさん、どうしますか」
エボリはさっきのスターの言葉から、訊いても無駄だと思ったが訊いてみた。
「俺は、人数が足りない場合に声をかけてもらえればいい」
スターは答えた。
「林と同じ事を言いますね」
エボリの言葉に、ライズが吹き出した。
「林君も同じ事を言ったのか。父さんと林君は考えることが同じなんだな」
「もしかしたら、現実世界での戦いはスターさんに協力してもらうことになるかも」
マクロスの言葉に、スターはうなずいた。
「ああ、それは承知している。精神世界に巣食う魔物の中には、精神世界で倒しても現実
世界に出てきて、さらに悪さをする奴もいるっていうしな。聖斗助教授にとり憑いている
かもしれない奴も、そういう奴だと考えられるんだろう。現実世界での戦いは、俺もラア
ラも協力するよ」
「スターさん、また勝手に決めているような」
エボリが言った。
「でも、人数が多い方がいいだろう。本当は孫娘を危険な目には遭わせたくないが、今回
は仕方ないだろう。なあライズ」
「全く、勝手に決めて。俺は本人がどう言うかにかかっていると思っている。正直、俺は
反対だけど」
確かに、自分の娘が得体の知れない敵と戦うのは父親としては反対だろう。
エボリもマクロスも、ライズの話には納得した。
「ところで、スターダンス教授ってなんでも勝手に決める人」
マクロスは、小声でエボリに訊いた。
「俺も、そんな話は初めて聞きましたよ」
エボリは、小声で答えた。
ラアラが、応接室に呼ばれてきた。
「話ってなんなの、おじいちゃん」
「それは、エボリ君とマクロス王子に聞きなさい」
優しく言うスター。
それを見たマクロスは、この関係が羨ましいと思った。
エボリとマクロスは、これまでのことをラアラに話した。
ラアラの顔色は、みるみる変わっていった。
「そんな、嘘よ。聖斗先生が魔人だなんて・・・絶対に嘘よ」
「いや、聖斗助教授が魔人だなんて言ってないぜラアラ。魔人に利用されているかもしれ
ないってそう言ったんだ」
エボリが、慌てて言った。
「でも、それでも。聖斗先生があの事件を起こしている張本人だったなんて嘘よ。だって
聖斗先生、今日もいつもと同じく優しかったわ。そんな聖斗先生が人の魂を食らう手伝い
をしているなんて」
ラアラの声は震えていた。
「だから、俺たちは聖斗助教授を助けようとしているんだ」
ライズが優しい口調で言った。
「ラアラが嫌だと言うなら俺は無理に協力してくれとは言わないし、エボリ君もそう思っ
ているはずだ。俺は一緒に戦ってくれとは言わない。どうするかはお前が決めるんだ」
「お父さん」
ラアラは考えた。
信じられなかった。
エウテルペ大学医学部の学生に起こる奇妙な事件。
それは、あの優しい男が起こしている。
あの優しい男が利用されて、
大昔に封印されたはずの魔人が起こしているというのだ。
あの男は、何も悪くない。
悪いのは、魔人だ。
「エボリ君、マクロスさん、私にも協力させてください。私、聖斗先生を助けたいです」
「ラアラちゃん。本当にいいんだね」
「ええ。大丈夫です、マクロスさん」
「よし、決まりだな。ラアラ、現実世界での戦いのときは頼むぞ」
「よろしく、エボリ君」

帰り道。
「聖斗助教授を、うまく医学部の庭におびき出すって言うけど」
マクロスが言った。
「そうですね。まあ、そのあたりはスターさんがうまくやってくれるでしょう」
エボリは、スターを信じるしかないと思っていた。
「で、明後日に作戦決行って、勝手に決められたけど」
「スターさんって、本当に勝手に決める人だったなんて」
マクロスもエボリも、スターの意外な一面に少々驚いていた。
「精神世界に行く、残りの二人ってどうするの」
マクロスは、それが気になった。
人数が集まらない場合は、林とスターを連れていくことになりそうだ。
「うーん」
エボリは、もしかしたら
自分とマクロスとライズの3人だけで行くことになるかもしれないと思っていた。
その時。
「おーい、マクロス、エボリ・ウイング」
「あ、プリンス」
なんと、プリンスが向こうからやってきたのだ。
「ちょっと待ってくださいよ、若」
さらには、風もいる。
「プリンス、風さん」
マクロスが二人に声をかける。
「どうしたんだよ、一体」
エボリが訊いた。
マクロスとエボリの元にたどり着いたプリンスと風は、息を切らしていた。
「実は、ちょっと調べたんだ。マクロスが見かけたあの男について」
プリンスが言った。
「で、何かわかったのか」
マクロスは、すぐに知りたくなった。
「ふふ、驚くなよ」
プリンスは、わざと間を置いている。
マクロスとエボリは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「あの謎の青年は、助手のお姉ちゃんとラブラブなんだ」
プリンスの言葉に、エボリもマクロスも脱力した。
「はあ、なんだよ、それ」
マクロスが代表して訊いた。
「エウテルペ大学医学部の学生に訊いてみたんだ。学生たちが下宿しているアパートの周
辺に行ってね。そうしたらあの青年、聖斗助教授っていうんだが、助手のお姉ちゃんとは
、プライベートでも一緒にいるところを目撃されている。住んでいる宿舎では部屋が隣同
士で助手のお姉ちゃんが聖斗助教授の部屋によく行っているっていう情報もある。だから
、聖斗助教授は助手のお姉ちゃんとラブラブなんだ。医学部の学生もそう言ってるぜ」
「ちょっと、若、違うでしょ」
風が、プリンスの力説に対して冷静に突っ込みを入れる。
「やっぱり、そんな情報だけを仕入れたんじゃないですよね」
エボリが訊いた。
「はい、そうです、エボリ王子。まあ、若が話したことも調査中にわかったことなんです
が。聖斗助教授はエウテルペ大学医学部の助教授で、回復魔法についての講義をなさって
いるそうです。ですが、いつからエウテルペ大学の助教授になられたかという話になると
、皆さん首を傾げました。5年前という人はいませんでしたが、4年前と答える人もいれ
ば、3年前と答える人もいます。2年前と答えた人もいました。ただ、助手の女性、小華
さんといいますが、その人が助手として赴任した時期は皆さん覚えていました。去年の5
月だそうです」
風の情報は、スターの話を裏付ける内容だった。
真面目な情報で、マクロスもエボリもほっとした。
「ありがとうございます。これでスターダンス教授の話の裏づけができました」
マクロスの言葉に、プリンスは訝った。
「おい、お前らも、何かやっていたのか」
「ああ、実は」
マクロスとエボリは、これまでのことを話した。
「で、精神世界に行ってくれる人を捜してるんだけど」
エボリがそう言うと、プリンスは飛びついた。
「面白そうだ。俺も精神世界に行くぞ。風も来い」
「え、私も行くのですか」
「何だ。俺の命令が聞けないのか」
「そりゃ、若が来いとおっしゃるのなら」
「よろしくな、マクロス、エボリ・ウイング」
「よろしくお願いします」
なんだか、すぐに決まってしまったことにマクロスもエボリも拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、明後日に作戦決行ってことですので。よろしく」
マクロスが言った。
「明後日はよろしく」
エボリも言った。

作戦決行日、午前9時。
「あの、何なんですか話って」
男は、何のことだかわからないまま
スター・スターダンスに言われたとおり
エウテルペ大学医学部構内の庭にやってきていた。
「いや、実は」
スターが言いかけると、その後ろから小華が現れた。
「小華」
「聖斗様、どうかお許しを」
小華はそう言うと、何やら呪文を唱えはじめた。
これは、結界の呪文。
聖斗はそう思った。
声に出すことはできなかった。
聖斗は、そのまま倒れた。
「よし、うまくいった」
樹木の陰に隠れていたエボリが現れた。
「小華さん、すみません。突然こんなことを言って」
樹木の陰に隠れていたライズが現れ、小華に言った。
「いいえ。私にも信じられませんでした」
小華は、ライズからこの話を聞いていた。
最初は信じられなかったのだが、
結界魔法が効いたということはあの話は本当なのだろう。
この魔法は、邪悪な霊や魔人にしか効かないものなのだから。
「さて、さっさと解決しようぜ。トロス頼むぞ」
「わかってるよ、エボリ兄さん」
トロスが現れ、万霊節の剣と呼ばれる特殊な剣で地面に大きな魔法陣を描き始めた。
魔法陣が出来上がると、精神世界に行くメンバーがその上に乗った。
マクロス、エボリ、ライズ、プリンス、風。
また、トロスと小華の他にも
スター、ラアラ、そして報せを聞いてやってきた加奈がいた。
「皆さん、どうか無事で」
加奈が、精神世界に行く5人に声をかけた。
「ああ、行ってくるよ」
マクロスが代表して言った。
「よし、トロス」
「うん」
エボリに促され、
トロスは万霊節の剣を地面に突き立て精神世界転送の呪文を唱えた。
魔法陣から光が発せられ、5人を包む。
やがて、5人はその場から姿を消した。
精神世界に転送されたのだ。
「5人とも、無事に帰ってきますように」
ラアラは祈った。
「それにしても、トロス王子はすごいですね。精神世界転送なんてとても高度な技です」
小華は感嘆している。
「トロス王子は、まだまだと思っているよ小華さん。一度に転送できるのは5人だけで、
しかも、対象となる人が魔法陣の近くで結界を張られている状態じゃないとできないって
いう話だから」
スターが言った。
「そうです。まだまだ僕も修行が足りませんよ」
トロスが、息を切らしながら言った。
「大丈夫、トロス君」
加奈が心配して、トロスを支えた。
「ああ、大丈夫だよ加奈ちゃん。あとはエボリ兄さんたちを待とう。こっちでの戦いにも
備えておこう」
トロスの言葉に、一同はうなずいた。

8.表と裏の戦い

「ここが、精神世界」
プリンスは、辺りを見回して言った。
「現実世界と、あまり変わらないな」
ライズが言った。
「エボリさん、マクロスさん。この世界は、現実世界とどう違うのですか」
風が訊いた。
「精神世界は、その人の思い出に残っている土地で構成されています。だから現実世界で
の道順を覚えていても、精神世界では全く違う場所にたどり着くことも十分あります」
最初にエボリが説明し、マクロスが付け加えた。
「今いる場所は、エウテルペ大学医学部の中庭ですね。でも、ここを出たら現実世界と同
じように医学部の構内に出られるとは限らないということです」
確かに、ここはエウテルペ大学医学部の中庭である。
聖斗には、ここが印象に残っている場所のひとつとなっているようだ。
「さて、マクロスさん。どうします。俺は聖斗助教授とは話したこともない。だから一番
思い出に残っている場所を捜すのは一苦労ですよ」
エボリの言葉を聞いたプリンスが、横から口を出した。
「おい、エボリ・ウイング。一番思い出に残っている場所っていうのが今回のことと何か
関係あるのか」
「ああ、そうだ。精神世界に巣食う敵っていう奴は、たいていその人がいちばん思い出に
残っている場所にいるものだ」
エボリは説明した。
「ところで、エリスさんから借りたこの緑の石のかけらは何に使うんだ」
ライズが訊いた。
一行は前日にメフィストとエリスに事情を説明し、
緑の石のかけらを借りた。
エリスは、緑の石のペンダントを持っている。
この石には不思議な力が秘められており、
エリスが使う力を高めてくれる。
その石と同じ鉱物から採取されたかけらを、
エボリとマクロスは、
精神世界に行くメンバー全員に持たせたほうがいいと考えた。
「これはお守りですよ。本当に強力な」
エボリは、後半の語調を強めて言った。
「どういうことですか」
風が訊いた。
「実は、このかけらに助けられているんですよ。前に精神世界に行ったとき、敵が強力な
魔法を使ってきて、もうダメだと思ったんです。本当に殺されるって。だけど、このかけ
らが魔法を吸収し、そして敵にはね返したんですよ。そのおかげで精神世界の敵を倒すこ
とができました」
マクロスが答えた。
「なあ、精神世界で死んだらどうなるんだ」
プリンスが、おそるおそる訊いた。
「おそらく、現実世界に戻ることはできない。遺体は現実世界には残らない。よって現実
世界では行方不明となる」
エボリの言葉に、プリンスはぞっとした。
「大丈夫だよ、プリンス君。生きて帰ればいいんだから」
ライズは明るい調子で言った。
「じゃ、話を元に戻しましょう。聖斗助教授が思い出に残っている場所がどこか捜すには
どうしたらいいか」
エボリの言葉にマクロスは、
そういえばそういう話だったなと気づいた。
「うーん。聖斗助教授の過去のことなんか聞いたことがないからな」
ライズが言った。
「俺、ライズさんが聖斗助教授についていろいろ知っているから、こっちに来たんだと思
いましたよ」
「若、そんな言い方は失礼でしょう」
「風さん、プリンス君の期待はもっともですよ。悪いねプリンス君。俺は精神世界が面白
そうだから、エボリ君たちについていこうと考えたんだ。父の命令もあるからね」
「あ、俺と同じですね」
「私は、若のご命令で来たんです」
プリンス、風、ライズがしゃべっている。
エボリとマクロスは、顔を見合わせた。
マクロスは考えていた。
聖斗助教授は、過去のことを誰にも話さなかったんだろうか。
それとも、話したくとも話せない状況だったんだろうか。
もしかしたら、聖斗助教授にとり憑いている魔人が
聖斗助教授の記憶を消しているかもしれない。
だとしたら、
聖斗助教授が思い出に残っている場所とは。
エウテルペ王国内、
しかもエウテルペ城下町の中にある可能性は十分だ。
故郷のことを、魔人のせいで忘れている。
あるいは、覚えていても魔人がその記憶をたどることを許さない。
だとしたら、エウテルペ城下町の中のどこだ。
考えられそうな場所、それは。
「エボリ君」
「何ですか」
「もしかしたら、医学部の校舎の入り口かもしれない」
「え、どうして」
「だって、魔人はそこから行ける地下室にいるんだろう。正確に言うと、封印されている
んだよね。聖斗助教授は魔人に呼び出されてそこに行っているのか、それとも魔人を説得
するためにそこに行っているのかわからないけど、思い出に残っている場所という言葉に
当てはめるのはおかしいとは思うが、俺はそこにいると思う」
「なるほど。確かに考えられます。それに魔人もそこにいる可能性が高い」
なら、行く場所は決まりだ。
「お三方、目的地が決まりましたよ」
エボリが、プリンスたちに声をかけた。
「本当か。どこだ」
プリンスが訊いた。
「プリンスなら、もう知っている場所だよ」
マクロスが言った。
「なるほど、わかったぜ」
プリンスには、ちゃんとわかったようだ。
「で、そこまでどうやって行くんだ」
再度、プリンスが訊く。
「テレポートを使う。精神世界だからこそ使える技だぜ」
エボリは、自信たっぷりに答えた。
だが、マクロスはテレポートという言葉を聞いた瞬間、ぞっとした。
エボリ君のテレポートって、あれか・・・。
前に精神世界に行ったとき、マクロスはエボリのテレポートを体験していた。
目的地に着いたのはよかったが、どういうわけかそこの空中にワープしたのだ。
そのためマクロスは着地に失敗し、
戦ってもいないのにダメージを受けたということがあった。
そして今回も、エボリはみんなを自分につかまらせ、
目を閉じさせ、テレポートを行った。
すると。
マクロスは、足が地面についていない感じがした。
おそるおそる、目を開ける。
そして、下を見てみる。
やっぱり、マクロスたちは空中にいた。
「ぎゃああ」
全員、下に落ちた。
エボリとマクロスは着地に成功したが、
プリンス、風、ライズは、着地に失敗してしまった。
「おい、エボリ・ウイング。何のつもりだ」
プリンスが、怒ったように言う。
「悪い。前もこうだったんだ」
エボリは平謝りした。
「ミルテちゃんからもらったこれを使おう」
マクロスは、盗賊袋から白い花を出した。
この花は、
エウテルペ王国第一王女ミルテ・ヴェガ・エウテルペが
林と共に開発した花で、回復の力がある。
ダメージを回復させると、それだけ花の寿命が縮む。
ミルテの花と呼ばれている。
幸い、今回はプリンスも風もライズもかすり傷だけで済んだ。
マクロスは、ミルテの花に念じた。
するとプリンスたちの傷が治った。
「ありがとうございます、マクロスさん」
風が代表して礼を言った。
「どういたしまして。ところで、どうやら場所は合っているようですね」
マクロスは辺りを見回して言った。
「確かに、ここはエウテルペ大学医学部の校舎入り口ですね。マクロスさん、地下室への
入り口っていうのは」
エボリが訊く。
「それらしい場所があるね」
マクロスは、敷き詰められた石畳の中に1箇所、
不自然なものがあることに気づいた。
この石畳だけ、なんだか動きそうな気がする。
他のものに比べて、隣同士の隙間が大きいような。
「よし、これを動かしてみよう」
ライズも、不自然なものに気づいたようだ。
マクロスとライズが、その石畳の隙間に手をかけて上げてみる。
石畳は、ちゃんと上げることができた。
ただ、二人で上げるのには少々重かった。
プリンスも手を貸し、石畳をどけることができた。
「これは」
風が、石畳の下に現れたものを見て息を呑んだ。
地下に続く階段だった。
「なあ、エボリ・ウイング。この地下は、本当に現実世界の地下室に続いているのかよ」
プリンスが訊いた。
「うーん。保証はないんだよな。精神世界だからどこにつながっているかはわからない」
エボリは答えた。どこか不安そうだ。
「でも、聖斗助教授が魔人のせいで記憶を消されているか記憶をたどることができないと
仮定すれば、エウテルペ城下町のどこかにはつながっていると思うぜ。もしかしたら重要
な場所の入り口だと普通に行けるかもしれないよ」
マクロスが言った。
「それを祈るしかないね」
ライズがうなずく。
「それじゃ、行きましょうか」
風が言った。
エボリ、マクロス、プリンス、風、ライズの順で
地下に続く階段を下りていった。
そこは、暗い部屋だった。
だが、床から青白い光が発せられている。
よく見たら、それは魔法陣だった。
床に描かれた魔法陣から光が出ているのだ。
あれは、封印の魔法陣。
マクロスは以前、あの魔法陣を古い書物で見たことがあった。
そして、魔法陣の中心に人がいた。
光のせいか、その人物の輪郭はわかった。
細かい容姿まではよくわからないが、
あの姿に、マクロス、プリンス、ライズは見覚えはあった。
「聖斗助教授」
ライズは、その人物に呼びかけた。
どこからともなく、恐ろしい声が聞こえてきた。
上から聞こえてくるような気がするし、
あの人物から聞こえてくるような気がしないでもない。
「だ、誰だ」
エボリが叫んだ。
「ワガ名ハ、マサト」
そんな声が聞こえた瞬間、
魔法陣からものすごい光が発せられた。
「うわ」
5人は、慌てて目を覆った。
光は青白いものからだんだん黒いものへと変わっていき、
魔法陣の中心にいる人物を包んだ。
マクロスは、目を覆っていた手を下ろして相手の様子を見た。
聖斗助教授と思しき人物を、黒い光が包んでいる。
その光は黒かったが、暗いという感じはしなかった。
ちゃんと、あの人物が見える。
あの人物の手が、黒い手になっていく。
そして、ものすごく爪が長い野獣のような手になっていく。
背中には、黒い悪魔の翼が生える。
そして、額のバンダナが下に落ちる。
額には、十字架の傷が現れる。
相手が完全な変貌を遂げた瞬間、部屋が一気に明るくなった。
それがわかったのか、
エボリ、プリンス、風、ライズは目を覆うのをやめた。
4人は、そいつの姿を見て驚いた。
聖斗助教授とよく似ているがあれは違う。
ライズは思った。
「貴様が魔斗か」
マクロスが訊いた。
「そうだ」
魔斗は答えた。
そして今まで閉じていた目を見開いた。
その瞳は、とても冷たい感じがした。
感情というものを全く映していない。
悪意の塊のような、紫色の瞳だった。
「ふん、男ばかりか。つまらんな」
魔斗は言った。
「そりゃ、女子学生ばかり狙っている奴だったらそう思うだろうな」
プリンスが言った。
「若、どうしてそんなことを」
「だってよ、こう言いたくなるだろ」
プリンスが言ったことは、風も思っていたことだ。
しかし、今はこんなことを論じているわけにはいかない。
「あなたが襲った学生の皆さんは、今でも病院で眠りつづけています。あなたは学生さん
の魂をどうする気ですか」
風が訊いた。
「決まっているだろう。我が魂とするのだ。我の魂となれば永遠の命になる」
「そんなことでか。封印されたくせに、生意気言ってんじゃねえよ」
エボリが言った。
「何とでも言うがよい。我の魂は不滅だ。何もできない人間の身体より、我の身体と共に
生きるほうがいいだろう」
「それは貴様の都合だろう、魔斗」
ライズが叫んだ。
「貴様の魂になった人は、自分の心がなくなってしまう。魂を奪われた身体はもう動かな
い。すなわちそれは死を意味する。貴様は結局人を殺したいだけなんだろう。魂を自分の
ものにするなんて、結局は人殺しじゃないか」
「わかりやすく言うとそうだな」
魔斗は、何とも思っていないようだ。
「なぜだ」
マクロスが訊いた。
「なぜ、聖斗助教授を選んだ」
「それを言う必要はない」
魔斗はそう言うと、突然、マクロスに襲いかかってきた。
マクロスは、すんでのところで攻撃をかわした。
それを見たプリンスが、魔斗を後ろから斬り付ける。
「ぐっ」
翼に傷をつけられ、魔斗は一瞬ひるんだ。
「プリンス、伏せろ」
エボリが叫ぶ。
プリンスは伏せた。
瞬間、エボリはパイプ銃を撃った。
「ぐわっ」
魔斗は、弾丸を左腕に受けた。
「くらえ、でこぴん」
すかさずライズが魔斗の額の十字架の傷がある場所に、
でこぴんを思いっきり食らわせた。
「ぎゃあ」
魔斗は悲鳴を上げた。
ライズのでこぴんは、ただのでこぴんではない。
マクロスのビンタと同じく、
立派な武術のひとつとして確立されているのだ。
ダメージは、一般の人間が使うでこぴんより数段強力である。
ライズは人々からでこぴんマスターと呼ばれていた。
でこぴんを最初に武術として確立したのは、
ライズの父スターなのだ。
魔斗が額を押さえている間に、風が技を放った。
「野襲」
強力な真空の刃が、魔斗を襲った。
「ぐわあ」
身体を切り刻まれ、
魔斗はさっきより大きな悲鳴を上げた。
「なんだ、大したことないな」
エボリが言った。
「おのれ、よくも」
魔斗はそう言いながら、傷口に手を当てた。
「傷が回復しているぞ」
プリンスが言った。
「はは、そうだ。驚いたか。では、こちらからいくぞ」
魔斗はそう言うと、両手のひらから黒い光を放ってきた。
その途端、エボリたちの身体が重くなった。
身体が動かない・・・。
マクロスは、それが実感できた。本当に身体が全く動かないのだ。
「さて、まずはお前から料理してやろう」
魔斗はそう言って、マクロスに近づいてきた。
プリンスは叫ぼうとしたが、声が出なかった。
魔斗の手の爪が、異様に伸びた。突き刺す気だろうか。
「覚悟しな」
魔斗がそう叫び、マクロスに爪を突き刺そうとしている。
マクロスは、盗賊袋から緑色の光が発せられていることに気づいた。
エリスさんの緑の石のかけらだ。
それが何の光なのか、マクロスにはよくわかった。
光は、マクロスの身体を包んだ。
魔斗の爪が折れた。
同時に、マクロスの身体が動くようになった。
「食らえ。ビンタ9999」
マクロスは、ものすごい速さでビンタを9発放った。
魔斗は、攻撃をまともに食らった。
この時に、エボリたちの身体も動くようになった。
「やったぜ。俺たちも動けるようになった」
エボリが言った。
「できることなら、あの怪しい光からも守って欲しかったぜ」
プリンスが、ポケットに入っていた石のかけらを取り出して言った。
「そんな贅沢はいいっこなしですよ」
風は、冷静に言った。
「それにしても、さすがはビンタの創始者だね。あいつにあんなダメージを与えるなんて
。それになんか上から光が差し込んでくる」
ライズの言葉に、エボリははっとした。
「マクロスさん。こっちの世界での魔斗は倒されました。あとは現実世界に逃げる魔斗を
倒すだけです」
「ああ、わかったよエボリ君。事実、魔斗はあの光に吸い込まれていく」
マクロスにも、ちゃんとわかっていた。
「さて、あともうひと仕事だな」
プリンスが言った。
「現実世界の敵は、今よりも強くなっている場合もある。弱くなっている場合もあるけど
、あの魔斗の様子からすると強くなっている可能性のほうが高いだろう」
エボリの言葉に、風はうなずいた。
「そうですよね。よくよく考えたらこっちは動けなくなりましたけど、ダメージを食らっ
たわけじゃないし」
「現実世界では、こっちでは使わなかった技を使ってくる可能性もあるってことだね」
ライズが言った。
「俺たちも早く現実世界へ戻りましょう。じゃないと、トロス君たちに迷惑をかけること
になりますよ」
マクロスが、一行を促した。
「そうだな。よし、俺たちの力を見せてやろうぜ」
プリンスが意気込んだ。
そして、5人は現実世界への光に吸い込まれ精神世界を後にした。

目の前に現れた、聖斗によく似た人物を見てラアラは唖然とした。
「聖斗先生」
小華は、そいつを見てびくっとした。
さっきまで、こんな奴はここにいなかった。
沸いたように現れたそいつを見て、何も考えられなくなった。
「聖斗助教授」
スターが、横たわっている聖斗に近づく。
「私は、一体・・・」
聖斗は、意識が戻っていた。
「聖斗よ」
聖斗によく似た人物は、聖斗に向かって言った。
「今こそ、我とそなたが同化するときだ。今まで、我がそなたとして動いた。今度はそな
たが我として動く番だ」
その声は、まるで地獄へ誘い出すような声だった。
「誰がお前なんかに」
聖斗は、肩で息をしながら答えた。
「そなたは我に恩を返そうと思わないのか。エウテルペ大学医学部助教授になれたのは、
我のおかげだろう」
そうか、そういうことだったのか。
スターには合点がいった。
聖斗がいつからエウテルペ大学医学部の助教授になったのか、
誰もわからなかった理由。
それは、あの人物の仕業だったのだ。
「このままじゃ危険だわ」
加奈が言った。
隣にいたトロスは、心の中で言った。
何やってるんだよ、エボリ兄さんたちは。
あれは、
エボリ兄さんたちが倒した聖斗助教授の中に巣食っていた魔人だ。
こっちの世界に出てきたってことは、
精神世界で居場所を追われたからだ。
だから、
エボリ兄さんたちも帰ってきていいはずなんだけどな。
早くしないと、聖斗助教授が危ない。
その時だった。
転送の魔法陣から、エボリたちが現れた。
「マクロスさんたち。無事だったんですね」
加奈が言った。
「ああ、何とかね」
マクロスがそう言って、加奈に微笑む。
加奈も、それに対して微笑み返す。
「貴様ら」
魔斗は、エボリたちの姿を見て屈辱の表情を浮かべた。
「覚悟しな、魔斗」
プリンスが言った。

9.光と闇

「えい」
魔斗は、気合いを入れた。すると、魔斗の身体が黒い光に包まれた。
「なっ」
スターがのけぞる。
光から発せられた風圧によるものらしい。
「おい、何が起こっているんだ」
ライズは、黒い光がだんだん大きくなっているような気がした。
いいや、確かに大きくなっている。
「あいつ、巨大化していますよ」
風が言った。
「相当厄介な奴みたいだな」
プリンスは、風の言葉を受けて言った。
「大丈夫か、トロス」
エボリは、肩で息をしているトロスのもとへ駆け寄った。
「だ、大丈夫」
トロスは、そう言うのがやっとのようだ。
「よくかんばってくれた。お前は休んでいろ」
エボリはそう言って、トロスをねぎらった。
「そうよ、トロス君。無理はしないで」
加奈が言った。
トロスはうなずくと、その場に座り込んだまま目を閉じた。
「加奈、俺たちが精神世界へ転送されてからどのくらいであいつが出てきた」
「そうね。3~4分ってところかしら。10分も経っていないのは確かよ」
「なら、トロスが回復しないのもうなずけるな」
「エボリ君、トロス君は無防備だから私たちで守りましょう」
「そうだな」
エボリと加奈は、トロスを守ることに集中すると決めた。
魔斗への攻撃は、他のメンバーに任せることにしたのである。
黒い光が、だんだん魔斗の身体から離れていく。
そして、魔斗は再び姿を現した。
明らかに、巨大化している。
精神世界で見た魔斗の、倍くらいの背丈になっている。
「どうだ。恐れ入ったか」
「でかくなったからって、いい気になってるんじゃねえよ」
プリンスが叫んだ。確かにそうである。
「大口を叩いていられるのも今のうちだ」
魔斗は言うと、右手に力を集中させて大きな黒い光の玉を放った。
「おっと」
プリンスは、寸でのところでかわした。
球体はそのまま、聖斗を直撃した。
「はは、どうだ聖斗よ」
魔斗は勝ち誇ったように笑った。
「聖斗様」
小華が叫び、すぐに駆け寄ろうとする。
魔斗は、再び黒い球体を右手から放った。
「小華さん、危ない」
風が叫んだ。
小華は、この攻撃は除けられそうにないと思った。
もうすぐあの球体を食らってしまう。
「小華さん」
誰かが、小華を突き飛ばした。
金髪の少女、ラアラだった。
ラアラは、小華の代わりに球体を食らってしまった。
「きゃああ」
「ラアラさん」
小華は、自分をかばってくれたラアラに駆け寄ると
すぐに回復魔法をかけた。
「ありがとうございます、小華さん」
「小娘、やるな」
小華に当てるつもりだった球体が、少女に当たったことを魔斗は喜んでいるようだ。
「貴様。よくもラアラを」
ライズはそう叫ぶと、魔斗に向かって走っていった。
「虫ケラが」
魔斗は、ライズに蹴りを見舞った。
巨大化した魔斗の蹴りは強力だった。ライズは、身体でまともに受けてしまった。
「ライズ」
スターが叫び、駆け寄ろうとした。
だが、聖斗の傷の手当てをしないと魔斗に魂を食われてしまうかもしれない。
「スター教授、ここは私が行きます」
風がそう言って、ライズに駆け寄った。
「おい、マクロス」
プリンスは、マクロスの隣に行っていた。
「さっきからずっと黙っているが、まさかただ見てるだけじゃねえだろうな」
「俺だって何とかしたいけど、うかつに近づいたら・・・」
マクロスは言った。
「俺たちがやられたら、このエウテルペはどうなる。あいつに魂を奪われた人たちはどう
なるんだ」
「そういえば、あいつを倒さないと魂を奪われた人たちは死ぬんだよな」
プリンスは、それを考えるとなんとしてでも生還しなければならないと思った。
「マクロス。今、ミルテの花を使ったらどうなるかわかるか」
「そうだな。ライズさんの傷が相当ひどいみたいだから、今使うと花の寿命が来るか来な
いか微妙なところだぜ」
この二人がこうやって会話ができるのは、二人とも魔斗の背中側にいるためである。
よって、魔斗はマクロスとプリンスには注目していないということだ。
二人とも男のため、魔斗は興味がないのだろう。
魔斗は、女の魂を好む。
「ライズさんを助けたいけど、下手に使うとなくなるし」
マクロスは、微妙な立場に立たされた。
「なあ、小華さんに回復を頼むか」
「そういえば、小華さんは僧侶だよな」
こんな会話をしている二人をよそに、戦いのほうは。
「どうだ」
魔斗はそう叫ぶと、両手からものすごい風圧を発した。
「これは遠い」
スターが叫んだ。
小華が、結界を張ろうとしたが、遅かった。
ラアラ、ライズ、スター、風、小華、聖斗は吹っ飛ばされた。
「みんな」
エボリと加奈が叫んだ。
「おい、やばくねえか」
プリンスが言った。
小華たちが吹っ飛ばされたのは、マクロスとプリンスにもわかった。
「よし、これを使おうプリンス。エボリ君が、こうさぎの剣を持っている。それをエボリ
君から借りて、あいつの額に斬りつけてくれ。今なんとかしないと本当に全員やられる」
「わかった」
プリンスは、魔斗に気づかれないようにエボリの元へ急いだ。
「ミルテの花よ」
マクロスは、ミルテの花に念じた。
花が光り、小華たちの傷が癒された。
だが、ライズの傷までは完治しなかった。
完治する前に、花は消えてしまったのだ。
「な、なんだ」
魔斗は、敵の傷が回復したことに焦った。
「ミルテの花の力だ」
後ろからの声に、魔斗はぎょっとした。
「魔斗、俺が相手だ」
M法!
敵の体力を半分にするM法。
こんな奴に効くとは思えないが、敵をひるませることぐらいならできる。
魔斗が自分に注目している間に、
回復魔法を使える人がライズを回復させてくれればいい。
マクロスはそう思った。
「うっ、急に体力が」
なんと、魔斗ががっくりと膝をついた。
マクロスの技が効いたようだ。
「おのれ」
魔斗は立ち上がると、マクロスに向かって拳を振り下ろそうとした。
プリンスが再び現れた。右手にはこうさぎの剣を握っている。
強く地面を蹴り、高く跳びあがった。
そして、魔斗の額にある十字架の傷を目掛けて思いっきり斬り付けた。
「ひゃ」
魔斗は、悲鳴を上げた。
「お前もこれまでだ。天駆ける龍の閃き」
すかさず、マクロスがものすごい速さでビンタを10発放った。
魔斗は、ものすごい悲鳴を上げる。
「スターさん、ライズさん、ラアラちゃん。占星術を魔斗に」
マクロスが叫んだ。
ライズは、小華に回復してもらっていた。
スターたちはきょとんとする。
「早く」
「わかった。ライズ、ラアラ、いいか」
「おお、父さん」
「いいわよ、おじいちゃん」
スターダンス一家は、天に向かって両手をかざした。
そして、何やら詠唱をはじめた。
「占星術」
3人が同時に技の名を言った。
すると、空が一気に暗くなり、たくさんの光線が魔斗に降り注いだ。
星の力を借り、敵に連続してダメージを与える占星術。
人間が使う場合は夜のほうが効果が高いが、
星士が使えば、昼夜を問わず敵に大ダメージを与えることができるのだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
この世のものとは思えない、断末魔の叫びだった。
魔斗は姿を消していった。
空からの光線は止み、空は元の明るさに戻った。
「やった」
ラアラが飛び上がって喜んだ。
「やった、勝ったんだ」
ライズもそう言って、スターとがっちり握手する。
「よかった」
小華は、小声でそう言った。声が震えているようなそんな気がした。
「若」
風は、二人のもとへ駆け寄った。
「おー、風。どうだ俺の剣術は」
「最高ですよ若」
「プリンス。あいつを倒せたのは君のおかげだよ」
「そう言われると照れるなマクロス。でも俺だけの力じゃないぜ。マクロスもそうだし、
スターダンス一家のおかげでもある」
「みんなの力で勝てたんですよ」
風の言葉に、マクロスとプリンスはうなずいた。
「どうやら、聖斗助教授の姿はちゃんとあるみたいだな」
プリンスが言った。
聖斗という人物は、魔斗が作り出したものだという考えもあった。
だが、まだ聖斗の姿があるということは
魔斗が作った人物ではないだろう。
もしそうだとしたら、聖斗も消滅するはずである。
エボリは、トロスを担いで加奈と共に一行のもとへやってきた。
「やりましたね」
「全ては、あの二人のおかげだよ」
スターはそう言って、マクロスとプリンスを指した。
「ところで、聖斗助教授は無事なんですか」
加奈の指摘に、スターたちははっとした。
聖斗には、傷はなかった。
ミルテの花のおかげで回復したのだろう。
しかし、聖斗はその場に倒れたまま動かなかった。
「聖斗様」
小華が、おそるおそる声をかける。だが反応がない。
「とにかく、病室へ運ぼう。小華さん、鍵はありますか」
ライズが訊いた。
「はい、ここに」
「よし、俺が聖斗助教授を運ぶから、先に校舎の扉を開けておいてくれ」
スターが言った。
小華が扉を開け、スターが聖斗を医学部構内の病室のベッドへと運んだ。

聖斗が気づいたのは、その日の夕方だった。
「あ、聖斗助教授、気がつきましたか」
病室にいたエボリが声をかけた。
「ええと、あなたは」
聖斗がこう言うのも無理はなかった。
エボリとは初対面だ。
「名前を言わずにすみません。俺はエボリ・ウイング・エウテルペです」
「エウテルペというと、王子様ですか」
「第二王子です。ですがあんまり気張らなくていいですよ」
エボリは、楽にするように言った。
聖斗は、他にもう一人、病室にいることに気づいた。
金髪の青年だ。
「そちらの方は」
「俺はマクロスです」
マクロスは、名前だけ告げた。
名字まで言ってしまうと特別扱いが待っていそうだからである。
「それにしても、災難でしたね」
マクロスは言った。
「あいつの、魔斗のことですか。エボリさんもマクロスさんも、あいつを倒してくれたん
ですね。ありがとうございます」
聖斗は礼を言った。そして語った。
「もう、エボリさんもマクロスさんも感づいているとは思いますが、私はこのエウテルペ
城下町の人間ではありません。エウテルペ王国の東側にある町、ハフナーで僧侶の勉強を
していました。ハフナーの僧侶学校を卒業した後、エウテルペ大学医学部の僧侶の学部で
大学院生として生活するはずでした。いいえ、確かに大学院生として生活していたのです
。しかし、大学院生生活の2年目に入ったとき、どういうわけか私は助教授になっていた
のです。なぜかは全くわかりませんでした。ふと、春休みに読んだ書物のことが気になっ
たのです。その書物には、大昔、人の魂を食らう魔人がいたこと。その魔人がエウテルペ
王国のどこかに封印されたことが書いてありました。封印は、やがて解けます。あいつは
封印の力が弱まったのをいいことに外に出ようとしたのです。そして、精神が同調しやす
い私を選んで、あいつは精神の一部を私と同化させたのです。私を助教授に仕立て上げた
のもあいつの仕業です。助教授という立場ならたくさんの学生に会う。あいつは私を利用
してターゲットになる学生を物色していたのです。昼間は私の精神がうまく作用しますが
、夜になるとどうしても魔斗の精神が出てきてしまいます。私は魔斗の精神と戦いながら
、なんとかやめさせようと夜に魔斗を説得しに行きました。しかし奴はひどい奴でした。
私が説得しに行って夜が明けると、ターゲットにした学生の魂を食らったのです。そして
、私の記憶からはそのことが消されました。魔斗が倒されてそのことを完全に思い出した
のです。私は、皆さんに迷惑をかけてばかりいました。こんなことになったのは、すべて
私の責任です。もう、私が助教授だったことなど誰も覚えていないでしょう」
「それはどうですかね、聖斗助教授」
病室の外から声が聞こえた。
「聞いてたのか、プリンス」
マクロスが、声の主に訊いた。
「ああ」
プリンスは肯定した。
「立ち聞きとは悪い奴だな」
エボリは言う。
プリンスは病室に入ってきた。
こうさぎの剣は、エボリに返してある。
「失礼します、聖斗助教授。俺たちが聖斗助教授って呼んでるから教授なんですよ。申し
遅れましたが、俺はプリンスです」
プリンスの言葉に、聖斗はきょとんとした。
「でもプリンスさんは、エボリさんやマクロスさんと同じく魔斗を倒した人でしょう。だ
から私のことを助教授と認識してくれているのでは」
「だったら、この人はどうだろう」
プリンスの言葉に続いて、一人の女性が入ってきた。小華だった。
「聖斗様」
小華は、呟いた。声が震えていた。
「小華」
「よかった。聖斗様が無事で」
小華はそう言うと、聖斗の胸に飛び込んだ。
聖斗は、小華を優しく抱いた。
「すまなかった、小華。私の力不足で」
「いいえ、聖斗様が助かって本当によかった」
この光景を見たエボリ、マクロス、プリンスは、
静かに部屋を出た。

その日の夕食。
プリンス、風、加奈は、エウテルペ城に招待された。
スターダンス一家は、一家だけで食事をするということだった。
「じゃ、マクベス様のときと、攻略法は全く同じだったんですか」
魔王が、戦いの全貌をマクロスから聞いた後に言った。
「ああ、そうなんだよ。連続攻撃が使える人がいて、助かったぜ」
マクロスはほっとしているようだ。
「エボリ・ウイングがこうさぎの剣を持っていたから助かったんだぜ」
プリンスが言った。
「トロス君は」
加奈は、トロスが心配のようだ。この席に姿がない。
「お兄ちゃんなら、部屋で寝ているわ。今日はそっとしておいてあげましょう」
長い金髪を二つに結い、茶色の瞳を持つ少女が言った。
彼女が、ミルテの花を作ったミルテ・ヴェガ・エウテルペだ。
「それにしても、トロスにとっては久しぶりの大仕事だったよな」
林が言った。
「俺も、久しぶりの大仕事だったぞ」
エボリが言った。
「お前はほとんど何もしていないだろう」
「ひどいな林。ちゃんと精神世界にも行ったぞ」
「だけど、ピンチになったのはマクロスさんで、お前じゃないだろう」
「まあ、二人とも落ち着いて」
風がなだめた。
「聖斗助教授の具合はどうなんだ」
フォーン・サイレンス・エウテルペ、通称、運命が訊いた。
「あのぶんだと、多分大丈夫だろう。今ごろは小華さんと一緒にアパートの自室に帰って
いるんじゃないか」
マクロスが推測した。
「そうだろうな。石のかけら、エリスさんに返しに行かないとな」
プリンスの言葉に、マクロスははっとした。
「明日返しに行くか。あと、報告もしなきゃ」
マクロスは言った。
「プリンスと風さんのぶんも返しておくぜ」
「悪いな」
「ありがとうございます」
プリンスと風は、石のかけらをマクロスに渡した。
「ところで、聖斗助教授が除名処分になるなんてことあるのかしら。もとは助教授じゃな
かったんでしょう」
ミルテが訊いた。
「それも、多分大丈夫だろう。小華さんが聖斗さんを今までどおり慕っているなら、他の
人も聖斗さんは助教授と認識しているだろうな」
運命が答えた。
「それに私たちも、魔斗を倒しても聖斗助教授と呼んでいますからね。それに面識のある
スターダンス教授も聖斗助教授のことを忘れていませんでした。前々から知っている人が
、聖斗助教授を助教授として認識しているから、人々の記憶から聖斗助教授が消えること
はないでしょう」
風が付け加える。
「聖斗助教授とはちっとも面識がなくても、ちゃんと聖斗助教授って呼べる。もし、聖斗
助教授が初めから存在しない人だったら、助けた後に誰だよあれはって、みんな言ってい
るはずだ。それが町中で聖斗助教授を見かけた加奈や、今日初対面だった人もみんな聖斗
助教授が存在することをわかっているぞ」
エボリが言った。
「存在が消えたのは魔斗なんだ。聖斗助教授ではなく、聖斗助教授の中に潜んでいた魔人
の存在が消えたんだ」
マクロスが言った。
「それで、マクロス。エボリ・ウイングは事件を解決したんだぜ。何か礼をしなければい
けないんじゃないのか」
プリンスの指摘に、マクロスははっとした。
「そういえばそうだ。エボリ君、秋競馬の予想でいいかな」
「マクロスさん、気を使わなくてもいいのに」
「魂を食われた人は大丈夫かしら」
加奈がそんなことを言った。
「術者を倒せば助かるっていうから、多分、明日には回復してるでしょう」
ミルテが言った。
「全ては、明日の新聞を待つってところか」
運命が言った。
「そうですね。気長に待つことにしましょう」
風の言葉に、一同はうなずいた。
そうだ、魔斗に魂を食われた人が助かって本当に事件が解決するんだ。
マクロスは、そう実感せずにはいられなかった。

おわりに
夏休みが始まろうとしていた。
「只今帰りました」
ギルドに着いたマクロスを、プリンスが出迎えた。
「お帰り。どうだった」
「このとおりだ」
マクロスは、戦利品である帳簿を出した。
「犯行声明文を残しておかなかった」
マクロスは紙とペンを出し、
警察への報告文を書き始める。
「チェックメイトさん。今日は人がいないですね」
マクロスは、建物の中を見渡して言った。
「もうすぐ、ギルドの夏休みに入りますからね。依頼自体が少ないんですよ」
チェックメイトは答えた。
盗賊ギルドは、年中無休というわけではない。
夏場に、一週間程度の休みがあるのだ。
マクロスはギルドを後にし、警察に向かった。
エウテルペ警察に行くと、フィガロ・プラチナムがいた。
彼は、濃い茶色の髪を肩より下の位置まで伸ばし、
印象的な黄緑色の瞳を持つ青年である。
エウテルペ警察では、
主に知能犯を担当する上官だ。
「やあ、マクロス君。仕事だったのか」
「はい。これをどうぞ」
マクロスは、戦利品をフィガロに渡した。
「これは、あのドラッグストアのか」
「そうです。これをどう使うかは、フィガロさんにお任せします」
「うん。あのドラッグストアは、警察が行くと、この通常どおりの値段で売っているほう
の帳簿を見せてきた。だが、住宅街の人々からは苦情が殺到している。だから家宅捜索を
しようかと考えていたんだけれど、手間が省けたよ」
「魔王が心配するので、早く帰ります」
「ご苦労だった。気をつけて帰ってくれよ」
魔王が心配するなんて言葉が、
どうして出てきたのだろうか。
仕事は夜中だから、自分に構わず寝ていいと言ってある。
(俺も、まだまだ子供だな)
マクロスはダナエに戻ると、着替えてベッドに潜り込んだ。
シャワーを浴びるのは、明日にしよう。
翌朝、
遅くに寝たのに、すごく早く目覚めた。
シャワー室に向かった。
「おはよう、運命君」
「マクロス君。仕事じゃなかったの」
「うん。どうも早く目覚めてね。シャワー浴びたかったし」
「朝食のときに、今回の事件のことを話してくれよ」
「もちろん」
その日、警察では
ドラッグストアの店長が、事情聴取を受けていた。
そして、真相を自供した。
悪徳店長は逮捕された。
ドラッグストア自体は、
別の店長を雇い、存続されることになった。

夏休みが終わろうとしていた。
エウテルペ城下町のオープンカフェにてー
「聖斗助教授は、いままでどおりエウテルペ大学医学部に助教授としていることになった
らしいな」
「はい。ラアラさんが教えてくれました。いままでの活躍が認められたようです」
加奈が言った。
「なあ、今回のことはチェックメイトに話すのか」
プリンスがマクロスに訊いた。
「どうだろう。夏休み中の出来事だからな・・・」
「おい風、俺たちにも夏休みなんてあったか」
プリンスが言った。
「いえ、我が国の王族に休みはないです」
「そんな国には帰りたくないな」
プリンスがぼやいた。
「ところで、風さん。言葉が上手くなりましたね」
ここ1ヶ月ほどで、かなり上達していた。
加奈に褒められた風は言った。
「休みが明けたら、チェックメイトさんに話します。そして盗賊試験を受けます」
「もう、好きにしな」
なんだか、プリンスは投げやりな言い方をしている。
「あ、マクロス君たち」
覆面をつけたメフィストが、声をかけてきた。
「メフィストさんと、エリスさん」
マクロスは、その姿を見て言った。
「エリスさん。石のかけらで救われましたよ」
「ありがとうございました、エリスさん」
風も礼を言った。
「どういたしまして。皆さんが無事でよかったです」
「私の名は風です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。メフィスト・カカオマスです」
「妻のエリスです」
「メフィストさんもエリスさんも、一緒にどうですか」
加奈が誘った。
「では、お言葉に甘えて」
メフィストとエリスは、席についた。
「何を注文しようかしら」
エリスはそう言ってメニューを手に取った。
「僕は、もう決めてあるよ。チョコレートパフェ・スウィート」
メフィストは、最初から決めていたようだ。
「メフィスト様は、甘い物がお好きですね」
魔王が指摘した。
「私も甘い物は好きですよ」
風が言った。
「風さんもチョコレートパフェ・スウィートを注文しましたよね」
加奈は、風の前にある器を見て言った。
食べかけのチョコレートパフェ・スウィートがある。
「俺は、エボリ君おすすめのチョコレートパフェ・ビターがいいね。甘さ控えめの」
マクロスが言った。